約束

mudan tensai genkin desu -yuki

丸いテーブルの上には二つのカップが乗っており、どちらも白い湯気を燻らせている。
中央の菓子皿には甘い匂いの焼き菓子が山のように積まれていたが、二人の女のうちの片方はそれに手をつけていなかった。
黒髪黒目の魔女は自分で淹れたお茶を啜る。
「結局、多少厄介ではありましたが多少でよかったです。異能者ってのは予測不可能ですからね」
「あんたは特に理詰めの魔法士上がりだから、法則外の異能ってのが怖いんでしょ。自分は人外の癖に」
「人外って言ってもこの世界の法則と違うだけで、こっちにはこっちの法則がありますからね。
 呪具の中に法則が内包されてるんですよ。だから別世界でも動くわけです」
「へえ。面白いじゃない」
「私も前に別世界行った時にそれ参考にして魔法使いましたよ」
もうずっと昔、別世界から連れてこられた少女を送りに行った際に、ティナーシャはそうして別世界でも魔法を使ったのだ。
いわば今の彼女は、自身の存在のうちに写し取った複数の法則を持ち合わせていると言っていい。
人の形をしているだけの人外は、平然とした顔でカップに口をつける。
「それよりも今は異能者の方が気になりますね。あれってどういう仕組みになってるのか、貴女は知ってるんですか?」
問われた女は、金色の瞳をまたたかせた。
彼女がこの瞳の色をしている時は、他の誰も知らないことも知っている可能性があるのだ。
実際ルクレツィアは意味深な微笑を閃かせる。
「そりゃ私も全部を知ってるわけじゃないけどね。―――― 要するに異能者っていうのは、世界の染みよ」
「染み?」
「そう。あんた位階構造を正確に把握してるわよね」
「大体は」
複数の位階が重なって出来ている世界。それら位階の一つ一つは程度の差こそあれ概念的或いは流動的で、もっとも物質的かつ固定的なのが人間階だ。
だから人間階はしばしば世界の中央と看做される。
頭の中でそう確認するティナーシャに、ルクレツィアは細い指を立てて笑った。
「人間階以外の位階は常に揺れ動いている。それがたまに人間階と交わる程接触して、染みが残ることがあるのよ」
「ああ……」
「もっとも血筋によって受け継がれる異能なんかはまた別だけどね。そういうのは大抵意図的なもの。楔が複数位階を杭打つように」
金色の目の女はまるで他人事のようにさらりと説明する。
ティナーシャは思わず唸り声を上げそうになって、我に返ると嘆息を洩らした。
「面白いこともあるものですね。そういう染みが人間に現れるなんて」
「場所に現れることもあるでしょ。大差ないわよ」
「なるほど」
確かに大陸には別位階との境界が薄い場所というのがいくつか存在している。
そこから考えれば、異能者とは染みがたまたま人に現れたというだけのものだろう。ティナーシャはふと顔を上げた。
「カサンドラの未来視もそういう染みなんですか? あれかなり変わってますよね」
「ああ、あれね……」
金に輝く瞳が、瞬間艶を消したように光を失ったのは気のせいだろうか。
ティナーシャは無意識のうちに警戒する。それは未知のものへの恐怖と言い換えてもいいかもしれない。
ルクレツィアは、菓子皿から一枚焼き菓子を取り上げた。
「例えばあんた、これから起こることは全て決まってると思う?」
「ええ? 何ですかそれ」
「考えてみなさいよ。カサンドラが未来を知れるとして、あの子はそれを何処から引き出しているのよ」
「何処って……」
それを考えたことがないわけではない。ただカサンドラの占いは表現としてはひどく曖昧で、解釈の幅が広いのだ。
だからティナーシャは、何処かで何らかの演算が働いて、もっとも高い可能性を導き出しているのではないかと思っただけだ。
未来のこと全てが既に決定しているのではないか、という仮定を示されたティナーシャは、形のよい唇を曲げる。
「さすがにそれは。ないと思いたいですね」
「そうね。じゃあ『今と同じことがかつて一度起きていた』ってのは?」
「ええ……」
もしそれが事実だとしたら、「今」は何なのか。
薄ら寒さを覚えるティナーシャに、だがルクレツィアは笑って手を振った。
「たとえばの話よ。私だって何もかもが分かるわけじゃないの。ただそうだったら面白いかなーと思って」
「まったく面白くないです」
「そう言わないの。この件に関してはあんたの方が正解にたどり着く可能性があるんだから」
「ルクレツィア」
「だから異能のことを気にしてるんでしょう? あんたはあの剣を諦めた。
 でも今のままじゃ力が足りないから、他の力を探してる。―――― 全てを終わらせる為に」
お茶のよい香りが漂う。
ティナーシャは焼き菓子を手に取らない。ただ友人の金の眼をじっと見つめた。

いつか来る終わり。
そこに全ての正解はあるのだろうか。
あるのかもしれない。ないかもしれない。何もかもが明らかになると期待する程純粋でもない。
ティナーシャは目を閉じて微笑んだ。
「何の話でしょう。よく分かりませんね」
「ふーん。まぁいいけど。本当のことが分かったら教えてよ。退屈してるんだから」
「その時まだ貴女が覚えていたのなら」
穏やかな午後のひと時。ちょっとした揉め事を収めた魔女たちは、しばしの休息を味わう。

彼女たちが交わした他愛もない約束は、だが結局は守られることがなかった。