隠れ家

mudan tensai genkin desu -yuki

「必要な部屋はあります?」
長年の住居であった塔を解体し、新居を建てる場所を深い森の奥と定めてから、ティナーシャは夫にそう問うた。
無造作に地面へと積み上げられた魔法具の山、そこからはみ出たものを整理していたオスカーは振り返って妻を見下ろす。
彼女はその時、しゃがんで木の枝で地面に家の間取図を描こうとしていた。横からそれを使い魔のリトラがのぞき込んでいる。
「実験室と魔法具の保管室、あと書庫は作ります。私室は幾つ要りますか?」
「俺は別に要らないな」
元々王族として生まれ育ってきた彼は、自分だけの時間というもの自体ほとんど存在しなかった。
常に人の目に晒される人生を送ってきたのだ。さすがに城には私室があったが、結婚後はそこもほぼティナーシャと共有していた。
今更彼女と一緒で困ることは何もない。私物もないとあっては寝室があれば十分だろう。
一方、王妃であった頃から彼のものとは別に私室を与えられていたティナーシャは、不思議そうに首を捻った。
「いいんですか? 後から増やすのは大変なんで今言っておいた方がいいですよ」
「要らない。塔の最上階と同じでいいだろう」
「ええ……貴方って本当こういうことに頓着しませんね」
ティナーシャがそう言うのは、彼女が一人の時間に慣れきっている為だろう。
オスカーはそれに関しては彼女の自由を尊重していた。崩れかけていた魔法具の山を直すと、妻の頭を撫でる。
「見られて困るものはないし、お前はいい意味で空気だからな。自分の分だけ気にしとけ」
「でもこれから先どれだけ続くのか分かりませんからね……。気が変わったらいつでも言ってください」
「何か収集を始めたりとかか?」
「それは予想外だった! じゃなくて、私とずっと一緒が嫌になったら言ってください」
「なるわけがない」
自信を持って断言すると、ティナーシャは髭を引っ張られた猫のような顔になった。
恋人になる以前もそうして勘だけから来る自信を窺わせる彼に、この魔女は微妙な表情を返していたのだ。懐かしいその顔にオスカーは噴き出す。
「まぁ信用しとけ。これから永遠にお前の夫になるんだからな」
「貴方は永遠に私の王ですよ」
ふっと微笑む魔女が何を考えているのか、時折読めないこともある。オスカーは、だがそこを無理に踏み込むことはしなかった。
ティナーシャは小さくかぶりを振って地面に向き直ると、間取り図を仕上げる。
そうしてようやく新しい家を作り始める妻を、オスカーは邪魔にならぬよう無言で見やった。
森の葉々ごしに差し込む光が、地面に複雑な陰影を描き出す。


「一応余分な部屋は作っときますね。貴方が将来石像収集家とかになっても困りますし」
「その可能性は極端に低いが分かった。動物洗い場とかはどうだ?」
「絶対要りません」