欠片

mudan tensai genkin desu -yuki

「魔女様、街にお買い物に出ませんか?」
天気のよい昼下がり、部屋にやって来たララにそのような誘いを受けたティナーシャは、読んでいた本から顔を上げた。契約者である王の幼馴染を半眼で見上げる。
「買い物ですか。何を買うんですか」
「行ってから決めましょう。折角ですし」
「ふむ。でも私、契約でこの城から出られないんですけど」
現在の契約者であるレギウスの望みは「いつでも僕の近くにいて欲しい」である。
その願いの正当性はともかく、ティナーシャは彼との契約によってファルサスの城にその居場所を限定されているのだ。
それは城都に関しても例外ではなく、彼女は細々とした買い物を使い魔によって補っている。
出たくとも出られないのだから仕方ない。―――― ララはしかし、それを聞いても退かなかった。
「なら陛下もつれて行けばいいでしょう」
「……えー」
「大人しくさせますから大丈夫ですわ。それに、たまには陛下も外に出した方がいいでしょうし」
「犬の散歩か何かですか」
「そんな感じです」
「うーん」
色々言いたいことがある気もするが、たまにはいい気分転換になるかもしれない。
ティナーシャは半ば無理矢理自身をそう納得させると、久しぶりに外出の為に着替えをした。
仕度をして城門に向かうと、そこには尻尾を振らんばかりの王が待っていた。

「…………」
「ティナーシャと遊びに行けるとか嬉しいなあ! 幸せだ!」
「…………」
「あ、そうだ、僕が案内するよ! これでも昔はよく抜け出してたからね」
「…………」
「お勧めのパン屋があるんだ! 揚げたパンに砂糖をまぶしたものが美味しくてね。それはもうもっしゃもしゃと―――― 」
「そろそろ黙れ」
背後から思い切り足を蹴りつけると、レギウスは「ぎゃあ」と悲鳴を上げて転びかけた。
それでも完全に転倒しないのは優れた身体感覚の為せる技だろう。魔女は背後で笑っている少女を振り返る。
「もう気絶させて引きずっていくでいいですかね」
「いえいえ、魔女様。ちゃんと自分の足で歩かせてやってください。やれば出来る子ですから」
「本当かなあ!」
「ティ、ティナーシャ……パンが嫌なら美味しい肉屋が……」
「いいから黙れ」
魔法で足を掬うと、レギウスはべちゃりと道端に突っ伏す。
その脇をすたすたと通り過ぎる女二人は、すぐに美しい布を扱う衣装屋を見つけ、談笑しながらそこに入っていった。
涙目の青年がその後を追いかけていく。
―――― 一通り買い物が終わるまで、そんなことが二十回くらい繰り返された。

「今日はありがとうございました」
深々と頭を下げるララの隣に、もう王はいない。
彼は城門をくぐるなり、重臣たちに引きずられて執務室へと戻っていったのだ。
それでも「楽しかった!」と上機嫌だったのだから、レギウスの精神力はある意味凄まじいのかもしれない。
散々彼を転ばして擦り傷を作らせたティナーシャは、溜息をついた。
「まったく……貴女には敵いません」
「あら、私ですか?」
「私をだしにしてレグに気分転換させましたね? 最近執務室に閉じこもりのようでしたから、気鬱になるとでも思ったんでしょう」
「さあ? 存じ上げません」
にっこりと笑う彼女には一分の隙もない。ティナーシャは目を細めてララをねめつけた。
だが彼女は、魔女の強い視線にもまったく怯む様子がない。平然と微笑む少女に、魔女は肩を竦めた。
「ま、いいですけどね、別に」
「よろしかったら結婚してやってくださいな」
「死んでも嫌です。レグとかまったく好みじゃないですから」
「それは残念ですわ」
「貴女が男だったら、まだ考えましたけどね」
闇色の目を流してララを見ると、彼女は驚いたのか少しだけ目を瞠っている。
普段よりも愛らしいその表情に、ティナーシャは溜飲の下がる思いを味わった。だがすぐにララはいつも通りの笑顔に戻る。
「光栄です、魔女様」
「次は素直に来て下さい」
「はい」
片足を後ろに引いてララはお辞儀をする。
その姿が扉の向こうの見えなくなると、ティナーシャは改めて溜息をついたのだった。



七十年後。
「ティナーシャ、遊びに行こう。気分転換がしたい」
「嫌です。真面目に仕事なさい」
「お前も城の中ばかりじゃ疲れるだろう? 広場に旅芸人が来てるらしいぞ」
「……なんかずっと前にもこんな会話したような」