終わらない

mudan tensai genkin desu -yuki

「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だぞ!」
「本当の本当に? 本当に大丈夫なんですか!?」
念を押す声が少し引きつってしまったのは、今までのことを考えれば無理からぬことであろう。
先方から「是非お会いしたい」と要望を受けての茶会、アリスティドを送り出す立場のエルは、内心の不安を思い切り表情に出している。
―――― 顔と人柄はよいが、頭が残念。
そのような評価を皆から下される主人に、まさか会いたいと言い出す令嬢がいるとは思わなかった。
田舎の豪族の娘だという彼女は、アリスティドが草原を走り回っているところを見初めたらしい。
その話を聞いた時に、エルは既に胃痛を覚えたのだが、まったく彼への予備知識がないよりはましであろう。
十歳以上年下の令嬢に失礼を働かないよう、エルは何度も確認する。
しかしどれ程彼女が必死の形相でいても、彼本人はまったくいつもの調子で「大丈夫だ」と胸を張るだけだった。
そう言われる度に余計不安になるエルは、けれどもう時間がないことに気づくと、最後に主人の身なりを確認する。
「で、では、くれぐれもお気をつけて……」
「任せておいてくれ!」
どんと胸を叩いて、部屋を出て行くアリスティドを、エルは母親のような気分で見送った。
今まで何度こうして彼を見送り、そして憂鬱な報告を聞いてきたのか。
だがこの日エルはついに先方から―――― 「楽しかった。またお会いしたい」という感想を聞くことが出来たのだった。






本来エルは、王家に仕える魔法士の家の娘である。
その為彼女自身も子を生んで後継者として育てなければならない。
だが今まで、アリスティドを放置出来ずに自分のことを後回しにしてきたのだ。
その彼がようやく妻を迎えることになった今、彼女も自分自身についてようやく考え始めることが出来るだろう。
もっとも年齢的に、いささか婚期を逃がしてしまった感もあるのだが。

主人の婚礼の当日の朝、まずアリスティドに挨拶をしてきたエルは、次に花嫁である少女のもとへと向かった。
許可を得て控え室に入り、頭を下げたまま簡単な祝辞を述べる。
「この度はまことにおめでとうございます――」
「ありがとうございます!」
少女の明るい声は、いつ聞いても心地がよい。―――― 声だけであるのなら。
エルが顔を上げようとした時、だが陶器の花瓶が割れる音が控え室に響き渡る。
「あああっ、大変!」
「動かないでください!」
これから起こることを予感してエルは素早く制止の声をあげたが、少女は割れた花瓶に向かって屈みこんだ。長い袖が近くの椅子に引っかかる。
「え? って、きゃあああ!」
「あああ、じっとしてて! お願いですから!」
椅子が倒れ、少女の足にぶつかる。そのまま前方に転んだ彼女は、何故そんなものがあるのか分からないが、部屋の中ほどに置かれた鹿の剥製にぶつかった。鹿と共にごろごろと床を横転していく少女を、エルは慌てて追いかける。
その先の壁には、亀の甲羅が立てかけられていた。

ようやく彼女が少女を助け起こした時、花嫁衣裳にはいくつも綻びが出来てしまっていた。
愛らしい顔に青痣を作った花嫁は、申し訳なさそうな笑顔でエルに詫びる。
「ごめんなさい! うっかりしてて!」
「いえ……」
「ちょっとこの衣裳、直してもらってきます!」
「ま、待って!」



手のかかる主人が身を固めて、ようやく自分のことを考えられる。
そう思っていたのは、実のところ甘い期待でしかなかったのかもしれない。
エルは痛み始めた胃を押さえて少女の手を引くと、これ以上何も起こらないよう彼女の周囲に結界を張る。
そうして一息ついた彼女は気を引き締めなおすと、改めて婚礼成功の為に全力を尽くすことを誓ったのだった。
ちなみにアリスティドは結局何の役に立たなかった。