mudan tensai genkin desu -yuki

本来は歴史研究を主な仕事とする魔法士のハーヴ。
彼の生家は宮仕えの人間の中では珍しく城都内にあるのだが、仕事が忙しいこともあって滅多に帰ることはない。
一時期はそれでも、母から煩く「まだ結婚しないのか」と説教される為に呼び出されていたのだが、ここ三ヶ月はとんとそのような手紙も来なくなった。
―――― いい加減諦めたか、と思いつつ、それはそれで寂しい気もするのは、彼自身「結婚してみたいな」と思っているせいだろう。
だが現状では出会いも、相手に割く時間も余裕も存在しない。
いわばそれはハーヴが疲れた時に何となく思い浮かべる夢想のようなもので、まったく現実味のない話であった。

「え、何でいるの」
たまの休みに家に帰ったハーヴは、厨房に入るなりそこにいた人間を見てそう呟いた。
大きな菓子皿を持った少女はきょとんとした顔で彼を見上げたが、我に返ったのか慌てて頭を下げる。
「お邪魔してます!」
「あ、いや、うん。別にいいんだけど」
まるで新妻のような格好をしている少女は、ハーヴと同じくファルサス城に仕える人間だ。
庭師見習いだという彼女は、ひょんなことから彼と知り合いになったのだが、さすがにこのような場所で出くわすとは思わなかった。
ハーヴは椅子に荷物を下ろしながら問う。
「どうしたの、一体」
「最近よく手伝いに来てくれるのよ。あんた自分は顔を出さないくせに―――― 」
表に繋がる入り口から入ってきた母親は、呆れた目で息子を見た。
「出さない癖にって言われても忙しいんだよ」
「ちゃんと働いてるのかい」
「働いてる。余計な仕事がどんどん来るんだって」
王絡みの緊急案件を「余計な仕事」などと言っては問題ある気がするが、事実は事実だ。
ぼやくハーヴを見て、少女は「本当なんです。お忙しくて」と付け足した。
普通は所属が違うと相手が何をしているかまったく分からないものだが、何故か彼女とは城の食堂で顔をあわせることが多い。
不規則な時間に食事をしているハーヴとよく一緒になるのだから、彼女も不規則な仕事なのだろう。
彼はそれに関し、素直に「大変だな」という感想を持っていた。

母親は彼女が助け舟を出したことで、小言を中断させた。腰に手を当てると二人を見て頷く。
「まぁ彼女がいるからね。前よりはずっと安心だわ」
「? なんで?」
「あんた結婚したいって言ってたでしょうに」
「は? 何だよ急に」
何も愚痴めいた戯言を他人のいる前で言わなくてもいいだろう。不機嫌になるハーヴの前に、少女は慌てて割って入った。
「すみません! 私が余計なことを―――― 」
「いや、いいんだけど。こっちこそごめん」
母親の発言が無神経なら、それに少女の前で怒ったハーヴもあまり誉められたものではない。
苦笑して自室に戻ろうとする彼の背を、母の声が叩いた。
「いい子じゃないのさ。彼女なんてどうなの」
「どうなのって、まさかまだ結婚の話じゃないよな……。つりあわないだろ。年が違う」
そう言って振り返った時、二人が二人とも凄い顔をしていたのは何故なのだろう。
愕然とした面持ちの少女と、呆れ果てたような母親。
二人の視線を浴びて一瞬怯んでしまったハーヴは、本能的に不利を察するとそそくさとその場を後にしたのだった。

あとで少女からは「負けませんから!」という謎の宣言を受けた。