主成分

mudan tensai genkin desu -yuki

側室の子であるアリスティド。彼に対する国民の人気はおおむね高い。
そして彼らは皆アリスティドのことを―――― おおむね「仕方ないな」と思っている。

城都の大通りは活気に溢れ、行き交う人々や商人たちの掛け声で賑わっている。
いつも通りの光景はセーロンの気風をよく象徴するもので、街のそこかしこには自由と快活さが溢れていた。
そのような中を、黒髪の美女が一人歩いていく。
異質なほど整った顔立ち。髪と同じ色の瞳は、今は不愉快そうに細められていた。
足早に人ごみをすり抜ける彼女を、後ろから一人の青年が大股で追っていく。
「ユリア殿!」
女はかけられる声を完全に無視して、近づいてきた角を曲がろうとした。
しかしそれより早く、青年は彼女の前に回りこむ。
厚い胸板にぶつかりそうになり、さすがに女も無視出来なくなったらしい。彼女は壁に手をついて立ち止まった。皮肉げな目で青年を見上げる。
「何の御用でしょう……殿下」
「偶然だな、ユリア殿!」
「…………」
アリスティドを見上げる目は「都合のいい偶然もあるものだ」と如実に語っていた。
実際、ここ数日街に出る度に彼女は待ち伏せされていたのだ。青年のしつこさをよく思い知っている女は、形のよい眉を顰める。
「私は御用を聞いているんですよ」
「いい天気だな!」
晴れ晴れと天を仰ぐ男。その姿はいささかどころではないわざとらしさがあったが、それ以上に「仕方ないな」と思わせる力があった。
行き交う人々がくすくすと笑い声を上げアリスティドを見ていく。視線の輪の中で、女は大きな溜息をついた。
「用がないならば失礼します」
「いや、用ならあるのだ!」
「何ですか」
「一緒に遠乗りに行かないか」
「行きません」
にべも無い拒絶に、アリスティドは一瞬うなだれた。
だがそれは本当に一瞬でしかない。顔を上げ再び笑顔になると、彼は意中の女を誘った。
「では昼食を一緒に」
「しません」
「散歩でも」
「嫌です」
「け、結婚を……」
「寝言は寝て言え、馬鹿王子」
最後の一言は巨石よりも重くアリスティドを押しつぶしたが、見ると女はこの上なく優美な微笑を浮かべている。
―――― おそらくは聞き間違いだったのだろう。彼女があんなことを言うはずがないと、彼は脳内で片付けた。
次は何と言って誘おうか、視線を彷徨わせるアリスティドの脇を女はすり抜ける。
「では、失礼します」
「待っ……」
伸ばした手は空を切った。
通りから忽然と消え去った女は、もはや何処にもその姿が見えない。転移をされたのだと分かったが、魔力を持たない彼にはそれを追う術はなかった。
今日はエルもいないのでアリスティドは本当に一人だ。路上に蹲ってしまう彼を、街の人々は口々に励ましていく。
「アリス様、ほら顔上げて」
「それくらいで諦めちゃあ、駄目ですよ」
「がんばって、アリス様!」
小さな女の子から花束を差し出された彼は、滲んだ涙を手の甲で拭うと顔を上げた。花束を受け取り、こくこくと頷く。
「そうだな! これくらいたいしたことではないな!」
立ち上がり高らかに宣言する青年を、周囲の人間は生暖かく微笑ましい目で見守る。
民に広く人気のある王子。彼のことを街の人々はおおむね「馬鹿だな」と思っているが、そのようなことは口にしない。
彼らからの深い親愛を背負って、アリスティドは力強い叫びを上げると、彼女の宿に押しかけるべく走り出した。
到着した時、女は既に宿を変えていた。