世界

mudan tensai genkin desu -yuki

朽ちた遺跡の石舞台にはその時、両軍から数名ずつが準備をする為に上がっていた。
かつてはこの地に在った国の王が、毎年闘技祭を開いていたという広い舞台は、その由来を示すように石の玉座が一つ備えつけられている。
今は空席であるそこを、オスカーは単純な感慨を以って眺めた。
「勝者を決闘で決めるとは、随分古風なことになったな」
「これ以上無駄に死人を増やすこともないだろう。七十年も続いた闘争だ。これくらいあっさりの方がいい」
傍らに立つ友人の感想に、オスカーは軽く頷く。
―――― 七十年間に渡る戦争。
その切っ掛けは、たった二人の兄弟だ。彼らのささいな諍いが、こじれにこじれて辺境の小国六つを巻き込む戦いに発展してしまったのだから、人の業とは度し難いものだろう。
だが、そのような戦争をこれ以上長引かせる必要はない。そう思ったからこそ、オスカーは自身の記憶を取り戻した後も陣中に在り続けた。
計算外があったとすれば、彼が三ヵ国をまとめる間に、残る三ヵ国を別の人間が支配してしまったことだが、それも今日で全て終わる話だ。
両軍から一人ずつ代表者を出しての決闘が、戦争それ自体の勝敗を決める。
事前の交渉にて出された結論は、人や産業の疲弊もあってか、すんなりとは言わずとも納得を以って受け入れられた。
無論、そうなるように動いた人間がどちらの陣営にもいたからなのだが。
オスカーは腰に履いた愛剣を確かめかけて、友人に確認する。
「武器に規定を設けなかったな」
「相手方と話し合えばいい。大体のものは用意してある」
「まあ、そうだな」
友人のあっさりとした様子は、自分たちの敗北はあり得ないと思っているがゆえのものだ。
指揮官として高名な彼に、個人戦闘においても比肩する者など存在しない。皆がそれを知っている。
普段であれば彼の名を出しただけで、相手方は決闘を拒否していただろう。
しかし、そうはならなかった。
オスカーは玉座を挟んで反対側の敵陣、遅れて石舞台に上がってきた女を眺める。
「武器はどうする?」
「お好きに」
簡潔に返した彼女はしかし、すぐに言いなおした。
「やっぱり剣で」
「更に古風になったな。それでいいのか」
「私、射撃が下手なんですよ。ご存知でしょう」
長い黒髪を纏め上げながら女は苦笑する。
普段はまったく表に出てはこない、だが異質な程の才知と美貌をもった女。
残る三ヵ国をその手腕を以って掌握し、この二年間オスカーと相対し続けた彼女は、隣の少年から細い長剣を受け取った。
無造作に鞘を捨て抜き身の剣だけを握る女に、彼は穏かな視線を向ける。
「やはりお前が出るのか」
「他に誰がいますか」
「いや、お前しかいないだろうと思っていた」
彼女以外の誰も、彼と戦うことは出来ないだろう。
オスカーは自身もアカーシアを抜いた。軽く手を上げるとそれを合図として、二人を残した他の人間は石舞台から下りる。

舞台の周りでは、両軍の兵士たちが固唾を呑んで事の終わりを見守っている。
だが、抑えた声は彼らまでは届かないだろう。そう思ってオスカーは口を開いた。
「最初は驚いたが……見事だったな」
「何がですか?」
「お前の腕が。俺より乱世に向いてるんじゃないか?」
「まさか。私の方は所詮急場しのぎですからね。あと半年長引いていたら瓦解してますよ。
 力で無理にまとめたところもありますから、後の始末はお願いします」
平然と嘯く彼女は、評判通りの冷徹な女に見える。
だがその冷徹さとは最短で闘争を終わらせる為のものなのだと、オスカーはよく知っていた。
彼が本気で介入を始めたと知った時から、彼女は合わせ鏡のように残り三ヵ国を掌上に置いたのだろう。そうして最後に全てを一つにする為に、今日まで動き続けてきたのだ。
気紛れな猫のような女を、オスカーは微苦笑で眺める。
「負けるつもりか」
「いえ。勝負ですからね。本気でやりますよ」
「そうか」
剣を手にした二人は、朽ちて草の生えた石舞台で向かい合った。
黒衣の女は、挑戦的な目で彼を見上げる。美しい微笑みが口元に浮かんだ。
「さあ、お待たせしました。貴方が勝ったなら名誉も国も全て差し上げましょう。それだけのものを御用意致しました」
「お前を抱きたい。他は要らない。それだけが俺の欲しい報酬だな」
「私は最初から貴方のものですよ」
くすくすと笑う女は、しかしそれを最後に白い貌から表情を消した。刃そのものの冷えた目が彼を見上げる。
そのような彼女の姿は美しく、だが忌まわしくもあった。まるで存在自体がひどく遠い処にあるかのようだ。
永遠を共にする妻に、オスカーは深く息を吐き出すと、幾種かの感情を縒って剣を向ける。
風が草を渡る。ざわめきに似た音が石舞台の上を過ぎていった。後には古い土の臭いが漂い、悠久の景色を甦らせる。






七十年もの間もつれた争いについて、その終わりに関与した人間の名は、そう多く残っていない。
残さないことを彼ら自身が望んだのだろう。全ては最初から決められていたことのように、綺麗に収まった。
平穏が訪れた後、それに寄与した男が一人の女を連れて姿を消したように。
歴史は真実を語らない。そして人の世は、これからも絶えず続いていく。