ゆらゆら

mudan tensai genkin desu -yuki

日の光が降り注ぐ庭を、白い丸々とした子豚が走り回っている。
一種異様とも言えるその光景は、しかしシエラにとっては見慣れたものだ。
彼女は木陰に座って厳しい日差しから逃れつつ、二匹の子豚を温かな眼差しで眺めていた。
庭の隅を流れる小川からは、心地よい水音が聞こえる。
極めて平穏な時間。シエラは思わず欠伸をしそうになって、それを飲み込んだ。隣をそっと窺う。
「あの、ルイス……」
「何ですか」
「あとどれくらいかかりそう?」
言葉を選んで尋ねたつもりだったが、彼は苦々しい顔で溜息をつく。書類を持った手が乱暴に下ろされるのを、シエラは身を竦めて見つめた。
苛立たしさを面に出していたルイスは、妻の様子に気づくと表情を和らげる。
「あと三時間といったところでしょうか。まったく困ったものです」
二人の視線はルイスの足下に集中する。そこには赤い鎖がぐるぐると両足首に巻きついており、更に鎖の先には真っ赤な豹が繋がれていた。
豹は日のあたる場所で丸くなって眠っている。
色以外は普通の生き物にしか見えぬ豹に、シエラは感嘆の息をついた。
「凄いのね。本当に三時間で消えるの?」
「消えるでしょうね。腹立たしいですが、姉の腕は確かですから。ちゃんと日があたるように気をつけていればいいだけです」
「言われて見ればさっきよりは縮んだかも……」
日の光をたっぷり吸い込めば消えるという魔法生物は、シエラの声が聞こえたのか、頭をもたげて、くあ、と欠伸をした。
実に気持ちよさそうなその姿に、シエラは自分もつられて欠伸をする。
うららかな昼下がり、苦い顔をしているのは姉に魔法をかけられたルイスだけだ。
「昔から彼女はろくなことをしないと相場が決まっているのですが、今回はまったく意味が分かりません。
 一定時間直射日光にあてないと消えない呪縛など、一体何を考えているのか」
「でもルイスには解けなかったんでしょう?」
「解かなかったんです。三時間かけて解呪するより、三時間日にあてながら仕事をした方がいいでしょう」
「そうね。私も久しぶりにあなたに会えたし」
つい正直な感想を口にすると、隣でルイスが激しく咳き込んだ。
ここ一週間程、仕事が立て込んで屋敷に帰っていなかったのを、彼も気にしていたらしい。ばつの悪い顔で隣の妻を見た。
「……すみません」
「あ、いいの! ごめんなさい! 文句があるわけじゃなくって―――― 」
シエラは顔の前で慌てて手を振る。
単純に彼と会えて嬉しいのであって、忙しいことをなじるつもりはないのだ。
国の為に働くことは彼の責務であり義務である。妻とは言え自分が口を挟むようなことではない。
もっともそのようなことを言えば、夫の姉などはけろりとした顔で「あなたには我儘を言う権利があるのに」と言うのだろうが。
シエラ本人よりも余程「夫としてのルイス」に煩いフィストリアのくすくす笑いが聞こえる気がして、彼女は視線を巡らせた。赤い豹の真紅の双眸と目が合う。
「……ありがとう、ございます」
口の中での呟きは、隣の夫には聞こえなかったらしい。
赤い豹が再び丸くなって眠り始めると、シエラはゆっくりと流れていく時間に微笑んで、木の幹に背を預けた。