mudan tensai genkin desu -yuki

一人の女を連れてふらりと国にやって来た青年。
彼はまだ二十歳そこそこにもかかわらず、抜きん出た剣の技量と異様なまでの豪胆さを持ち合わせていた。
どちらかというと老王が気に留めたのは、剣よりもその豪胆さの方だったかもしれない。
単なる性格によるものではなく、経験に裏打ちされているのだろう剛勇。
誰の前でもまったく物怖じしない青年は、ことさら王の前ではいつでも面倒くさそうな顔をしていた。

「次はこの依頼をお願いしようかね」
城からの呼び出しを受けてきたアージェは、王から渡された書類を見て思い切り嫌そうな顔になった。
もっとも嫌そうな顔は、程度の差こそあれ入室してきた時からそうなのだから驚くべきことでもない。
少し離れた村からの魔物退治の要請を一瞥した青年は、ぶっきらぼうに返した。
「城の騎士に命じればいいんじゃないですかね」
「残念ながら城には魔物と戦った経験のある者が多くない。君も知っていると思うけどね」
「わざわざ面倒な案件探してきて俺に押し付けてませんか」
「そんなことはないさ」
彼がにっこり微笑むと、アージェは舌打ちしそうな顔になった。
最初の依頼を無事終えて仕官を勧められた時も、この青年はそういう顔で「結構です」と言い切ったのだ。
その時のことを思い出して頬を緩めた王を、アージェは胡散臭げな目で見やる。
「俺は便利係とかじゃないんですが」
「これから生まれてくる子供の為に、今からお金を貯めておくことは悪いことではないと思うよ」
そう言うと、青年は苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。
王は噴出しそうになるのをかろうじて堪える。
―――― はじめからこの青年はそうだったのだ。
何事にも興味がないように振る舞いながら、連れの女だけは異常に庇って守っている。
それは恋人に対する愛情というだけでは到底説明出来ないだろう。単なる執着や過保護に似ていてもそうではない。
青年はつかず離れず彼女に寄り添いながら、か細い手を引きその存在を支えている。
そのような姿勢を何と呼ぶのか―――― 王はよく知っていた。
そうではないかと思ったからこそ、一度あえて問うてみたのだ。「自分に仕えてみないか」と。

アージェは書類を折り畳むと、それを女官に渡した。
「あんまり家空けたくないんですが」
「転移を使えるよう手配はしておいたよ。すぐに出れば夜には戻れる」
「じゃあ家寄ってからすぐ出ます」
さっさと踵を返す青年は余計なことに拘泥しようとしない。
研がれた刃のような性格は、特に権力者に対し顕著なものだった。
そういった傾向は傭兵の中にしばしば見られるものであったが、王はまた「それだけではないだろう」とも見抜いていた。
彼は無言で出て行く青年を見送る。

―――― 他に頭を垂れないのは、唯一の主がいるからだ。
一生を誓った相手。それが妻になったとしても変わらぬものは変わらない。
そもそも変える気もないのだろう。王はそういった青年の決然を気に入っている。歩き難い道を行く豪胆さを買っているのだ。
「……もっとも忠誠を誓われたとしても御しにくそうな相手だけどね」
王は誰にともなく肩を竦めると、不機嫌そうな青年を思い出して笑う。
彼ら夫婦が何処から来た誰なのか、察しはついても触れることはしない。山中の小さな国でそのようなことに気づく者はいない。
だからこれからも彼らに、程よい平穏を与えることが出来るだろう。
王は窓の外の青空を眺める。彼が抱くささやかな秘密は相も変わらず、誰の目に触れることもなく眠っていた。