怪談

mudan tensai genkin desu -yuki

目が覚めたら高熱で起きられなかった。
という状態は何だか矛盾しているような気がしなくもない。
ともあれ、実際意識が朦朧として起き上がれないニケは、天井を見上げたまま浅い息をつく。
「また変な薬を盛られたか……? それとも風邪か」
心当たりはないが、心当たりは彼にとって何の役にも立たない。
事態はいつだって予想外な角度から予想外な速度で出現するのだ。
ニケは自分の高熱の原因が魔法薬か否か、体内を自身の構成で探ろうとする。
だが全身ががくがくと震えているせいか、満足な構成は組めそうになかった。
「少し眠るか……」
もう少しだけ回復したら、自分で手を打つことが出来るだろう。
そう思いながら、しかしニケはせめて城に休む旨を連絡しなければと思い出した。何とか力を振り絞って枕元に手を伸ばす。通信用の魔法具はいつでもそこに置いてあるのだ。
「連、ら……く、を」
覚束ない指先が、力尽きて寝台に落ちる。
そのまま意識を失った彼は、夕方過ぎまでこんこんと眠り続けたのだった。

「気がつかれましたか」
ひんやりとした感触に目を覚ました時、ニケが見たものは心配そうな妻の顔だった。
マーリアは冷やした布で夫の額の汗を拭う。冷たい感触はつきまとう気分の悪さを軽減し、彼は深い息をついた。
窓の外を見ると既に薄暗い。ニケは枕元の魔法具を目で探す。
「城には……」
「連絡いたしました」
「そうか……何か言っていたか?」
あえて主語を限定しなかったのは、もし彼の発熱に誰かしらが関与していた場合、その誰かを一人に特定出来ないからだ。
強いて言うなら犯人は大体二人にまで絞り込める。
しかしニケは立場上、自分からその二人を名指しは中々出来ないのだ。
だからこそ相手の出方を確かめたのだが、マーリアは「安静にするようにと申し付かりました」と言っただけである。
ならばこの発熱はやはり疲労か風邪の為なのだろう。ニケは若干の落ち着かなさを感じつつも納得した。
妻の冷えた手が彼の額に触れる。
「まだ少しお熱があるようですね。お食事はなさいますか?」
「いや、いい……」
朝よりは大分ましだが、まだ物が食べられる体調ではない。
マーリアは心配そうな表情であったが、一旦部屋を出ると食事の代わりに解熱の魔法薬と水を持ってきた。
礼を言ってそれらを口に含むと、ニケの落ち着かなさはますます大きくなる。
「何だ……?」
体調の悪さからくるものだろうか。彼は寝台に横へとなりながら、その原因を探ろうとする。
いつもと変わらない部屋。視界の端に、壁際でレース編みを始める妻の姿が見えた。
夫のことが心配で様子を見ようというのだろう。だが枕元に座らないのは彼の安眠の邪魔にならないようにと気を使っているかららしい。
そういう性格の妻なのだ。ニケは貴族出身とはとても思えぬ彼女の横顔を眺めた。
少女時代の面影を残した愛らしい顔立ち。ゆっくりとレースを編んでいくその姿を見ながら、ニケはようやく落ち着かなさの原因に思い当たる。
「―――― そうか」
「どうかしました?」
「いや……」
何をどう言えばいいのだろう。ぼんやりする頭で考えたニケは、ある妙案を思いついた。壁際の妻を呼ぶ。
「マーリア」
「はい」
「何か不吉な話をしてくれ」
「はい?」
「体に障るようなものを頼む」
「……え?」

何故落ち着かなさを覚えるのか。
それは今の状況が体調の悪さ以外充分過ぎるがゆえのものだろう。
怪しい実験台になっているわけでもなく、追撃がかかっているわけでもない。
それどころか気のきく妻が丁寧な看病をしてくれている。
いたれりつくせりなこの状況が、ただ単に慣れなくて落ち着かないのだ。
―――― とすれば、不自由さを足して均衡を取ればちょうどいいはずである。
思考能力が低下しているニケは、そう本気で思って妻に頼んだ。
「出来るだけげっそりするような話がいい」
「そ、そうですか。では子供の頃聞いた怖い話を」
「ああ、頼む」
マーリアは若干引き気味ながら、幼い頃聞いたという怪物の話を語りだした。
低めの声、丁寧な口調で呈される怪談は、やはり落ち着く。
ニケは慣れ親しんだ負の空気に安堵すると、そのまま眠りについたのだった。
熱は翌日にはすっかり引いていた。