宝物

mudan tensai genkin desu -yuki

執務室内に差し込む日差しは温かい。
穏かな午後の日。レジスは壁際の長椅子に届く陽の光を目で追った。
椅子の足とそこから垂れている掛布まで届く光は、けれど上で眠る女までは脅かさない。
レジスは疲れて眠っている女王が、安らかな寝息を立てていることを確認すると、再び書類へと意識を戻す。
静かな室内にペンの走る音だけが響いた。

王の後継者として彼に詰め込まれる自国の歴史には、時に御伽噺と思えるものが混ざっていた。
その最たるものこそが、彼女についての話だろう。
若くして即位した女王。魔女殺しとの異名で呼ばれる彼女についての話は、レジスにとっていつでも心躍るものであった。
そしてその彼女が城の地下に生きて眠っていると知った時から、会ってみたいと思っていたのだ。
願いながら、けれど叶うことはないだろうと思っていた望み。
その望みが実現したことは、幸運だったと言えるのだろうか。

レジスは眠ったままの女の横顔を見つめる。
抱き込んだ掛布に顔を埋めるようにして眠っているティナーシャは、類稀な造作ではあるが、平凡なただの女のように見えた。
或いはそれは、彼が見るからこそそう思えるのかもしれない。
―――― 他愛もない物思いに耽りかけたレジスを、扉を叩く音が引き戻す。
「入りなさい」
現れた文官は来客を告げる。
その名はレジスの予想したものだ。部屋に通すよう指示すると、まもなく客は執務室へと現れた。
仕事の合間にやってきたのだろうオスカーは、レジスに挨拶をすると眠っている女に気づく。
「また眠っているのか」
「疲れが溜まっているようでして」
元々体力のない彼女だ。少し事件や処理が立て込むと体調を崩してしまう。
こうしてみると、一年で退位することになったのは結果的に正解だったのだろう。
玉座を退いた後はオスカーの妻になることが決まっている女は、室内の話し声に反応してかびくりと体を震わせた。
長い睫毛を震わせながら開けた目が、狭い視界にオスカーを捉える。
「あれ……オスカー……?」
「様子を見に来た。具合が悪そうだったからな」
「う、すみません」
寝起きの悪い女はもがくようにして起き上がろうとした。
そのまま掛布もろとも床の上に落ちかけて、だがオスカーが彼女を抱き上げる。
途端に嬉しそうな顔になる女に、レジスは微苦笑を浮かべた。子供だった頃、彼女に会いたいと思いを募らせた記憶を思い出す。

今いる彼女が、伝説の女王と同じ人間とは思えないと言ったら、笑われるかもしれない。
女王でありながら国の内部とも戦っていたという彼女。その城内での生活は孤独なものであったと伝えられている。
だが今の彼女はそうではない。探していた男に出会い、愛され、代わりのない幸福を手にしている。
それでいいのだと思う。子供の頃は、その幸福を自分が贈ってやれたらと思っていた。

「下ろしてくださいよ、オスカー。仕事しますから」
「すぐ寝るくらいなら最初から眠ってろ。レジスに迷惑だろうに」
「構いませんよ」
長椅子へと下ろされた彼女は、よたよたと歩いて執務机に寄りかかる。そうして彼を見下ろして微笑んだ。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
親愛のこもった言葉に、レジスは温かい思いを抱く。
それは子供の自分が知らない感情で―――― だがレジスは己を幸運だと思った。