連続

mudan tensai genkin desu -yuki

「ファルサスに仕官することにした」と言った時、彼女は少しだけ驚いたようだった。
「どうして?」と聞かれたから、「自分の力を試してみたい」と答えた。
それは本当だが、本当ではなかった。
終わりの見えない模索の日々―――― 盤上に打っていく手の数々を知る者は、いつも彼一人だけだった。



「お見事」
女の声は訓練場によく響いた。
雲一つない晴れた日。からからに乾いた地面の上には、複雑な魔法陣が描かれている。
まるで高温で焼かれたような黒い線は、この場を作った王妃が己の魔法で生み出したもので、中に濃い魔力を溜め込む役割を持っていた。
それら魔力をどう使うかで、集まった魔法士たちは構成技術を試験されているのだ。
二十人強の魔法士たちが順に魔法陣に入って試されていく中、ヴァルトの構成を見たティナーシャは艶やかな微笑を見せる。
「さすがですね。文句のつけようがないです」
「ありがとうございます」
「というか隙がなさすぎて色々気になりますね」
「……どういうことでしょうか?」
内心の緊張を押し隠して彼が問い返すと、王妃は無言で笑っただけだった。
底知れぬ魔女に、ヴァルトはあり得ないと知りながらも自らの真実が見抜かれたのではないかと不安になる。
彼はそれ以上何か言われぬうちに頭を下げ陣を出ると、見学者の列に回った。
ティナーシャの視線が次の魔法士に向くと、ヴァルトはそっと息をつく。
―――― 元々構成について、自分が抜きん出ているという自負はある。
何百年も生きてきた魔女が圧倒的な技術を持つように、彼もまた気の遠くなる悠久を生きてきた人間なのだ。
時読の当主として受け継いできた魔力も加えれば、魔女程ではないにせよ彼に比肩し得る魔法士はほとんどいない。
まるで順調な、そして平穏な日々。
彼は半ば夢の中に立っているかのような気分で、美しい王妃の横顔を見つめた。歌うことに慣れた声が、澄んだ響きを持って「よろしい」と次を促す。

最強の魔女。青い月と呼ばれる王妃。
今までにも何度か彼を殺したことのある女は、その時と何ら変わらぬ凛とした姿を訓練場に佇ませていた。
背筋の伸びた後姿には、何処か絡み合った愁いが漂っている。
だがそう見えてしまうのは、彼が彼女の過去を知っているからなのかもしれない。
今は亡き時、失われた時間を思うヴァルトの喉元には、知らずうちに息苦しさがせりあがってきていた。嚥下し得ぬ感情が嘔吐感となりかける。
たとえばここで、彼女に真実を突きつけたなら何が返ってくるのだろう。
そんな苛立ちに突き動かされかけたその時―――― しかし、聞き慣れた声が彼の背を叩いた。
「見つけた!」
「……ミラリス?」
どうやって城内に入ってきたのか、そこには彼の同居人である少女が立っていた。
普段着のままの彼女は、右手に青い布包みを下げている。
それが自分の忘れてきた昼食だと気づいたヴァルトは、思わず頭を掻いた。
「ごめん。忘れてた」
「と思って届けに来たのよ」
「ありがとう。……普通に入れた?」
「あなたの名前を出したわ」
当然、と言った口ぶりでミラリスは肩を竦める。
誰の前でも物怖じをしない彼女は、そのまま何を装うこともなく城内を歩いてきたのだろう。
ヴァルトは雑な格好をした自分の少女が、堂々と顔を上げ門をくぐってくる様を想像し、小さく噴き出した。
ミラリスは片眉を軽く上げる。
「何?」
「何でもないよ。助かった」
「ならいいんだけど。あまり遅くならないでね」
彼女はそれで用が済んだとばかりに訓練場から駆け去った。
何にも捕らわれていないように思える身軽な姿を、ヴァルトは目を細めて見送る。その隣に女が並んだ。
「可愛らしい人ですね」
かけられた声に、彼は今度は驚かなかった。視線を戻し王妃に目礼する。
「挨拶もさせずに失礼しました」
「構いません。貴方の素顔を見れて得をした気分ですし」
「……素顔、ですか」
「ええ」
何を読み取られたのか、身構えてしまうのは反射的なものだろう。
表情を硬化させるヴァルトに、ティナーシャはさらりと告げる。
「貴方は私と同種の人間かと思っていましたから。―――― これで安心して魔法士長に推薦出来ます」
「…………」
魔女は目を閉じて微笑むと踵を返した。
試験は全て終わったらしく、魔法士たちもばらばらに帰り始めている。
地面に描かれていた魔法陣はいつの間にか消えており、薄茶色の砂が風に吹かれてさざ波を作っていた。
いつでも、何処にでも見られる無常。ヴァルトは沈殿する焦燥を意識して息を止める。
降りそそぐ陽が立ち尽くす彼の下に濃い影を作っていた。