息切れ

mudan tensai genkin desu -yuki

城都から離れた場所にある街などは、中心部は非常に賑わっていても、郊外に行けばがらんとした空き地ばかりということも多い。
その日ニケが訪れた街も例外ではなく、街の大通りを真っ直ぐに行くと、やがて建物もまばらな郊外へと出た。
休暇という名目ながら、ついでに街の視察をしてしまおうと考えていた彼は、いくつかの空き地をぐるりと見回す。
「転移陣を置くには少し狭いか……?」
転移網の整備は彼の担当している仕事ではないが、女王から意見を求められることもある。
城から滅多に出られない主君の代わりに、以前から彼女の目の代わりとなっている男は、いつもの習性でそのまま辺りを調査していった。倉庫らしい大きな建物を曲がったところで、シュッシュッと不思議な音に気づく。
「何だ……?」
空を切るような音は、倉庫の裏から聞こえてくるらしい。
ニケは若干の好奇心を持って建物の影を覗き込んだ。―――― そして絶句する。
シュッシュッという不審な音の正体は、長い竿がしなっているがゆえのものだ。
そしてその竿を振っているのは、紺色の魔法着を着た若い女だった。
美しい、というよりも整った造作の横顔。
長剣を持つように両手で竿を握って素振りを繰り返している女の顔は、残念ながらニケにとって見覚えのあるものだ。
いつか湯治に出た先で出会った女。魔法具技師だという彼女は、真顔で長い竿を振るっている。
よく見るとその竿の先端には木の匙がくくりつけられており、一振りごとに白い光を放っていた。
それ以上のことを理解したくなかったニケは、そっと音を立てぬよう踵を返す。
しかし気づかれないようその場を立ち去ろうとした努力も空しく、背後からは女の声がかかった。
「あ、お久しぶりです」
「…………」
「あの時はお世話になりました。真っ裸で爽やかに魔物と戦ってくださったあなたの雄姿は今も目に―――― 」
「適当なことをほざくな!」
気づかなかった振りは失敗した。
苦い顔で振り返ったニケを前に、サイラは竿を脇に抱えると丁寧に頭を下げる。 しかしそのような姿も、彼には頭痛しか呼び起こさなかった。
再会したくない人間として五指に入るサイラは、顔を上げると真剣な表情で聞いてくる。
「ところでこんなところでどうしたのですか」
「どうもしない」
「また湯治に行こうとして迷子になっているのでしょうか。それともお仕事をクビになりましたか」
「迷子ではないし、クビになってもいない! 休暇中の散歩だ!」
「そうですか」
女の声が心なし残念そうに聞こえるのは気のせいだろうか。
ニケは女の携えている竿をまじまじと見たが、何に使うものかさっぱり分からない。
むしろ聞きたくなかったので、彼は軽く手を上げた。
「では俺はもう行く。息災でな」
「折角なので実験に参加していきませんか」
「しない」
「実はこの棒の名前は、『回天ねずみ光線』と言いまして」
「説明するな! 聞きたくない!」
「最初は勤め先で実験しようとしたのですが、立ち会った人たちが揃って『うなされるから何処かに行ってやってくれ』と」
「そんなものをここでやるな! 廃棄しろ!」
叫びながら早足で逃走するニケと、その後を追いかけていく竿を持った女。
見るからに異様な取り合わせはそのまま街を真っ直ぐに横断し、街の人々にひとしきり話題を提供したのだった。
彼女の方が体力があったので、最終的に息切れしたニケは転移して逃げた。