初恋

mudan tensai genkin desu -yuki

切っ掛けは、毎日出される食事の味がちっとも安定していないということにリウクレアが気づいた為だった。
攫われてきた当初は気づかなかった。苛立ちと混乱で味など分からず、また食事を拒否することも多かったからだ。
だが落ち着いて毎回の食事を味わってみれば、若干の違和感に気づく。決して不味い訳ではない。むしろそれらはどれも洗練された味で非常に美味だった。
―――― 彼が出してくる料理はどれも、同じ人間が作っているとは思えぬ程統一感がなかったのだ。
まるで毎日違う国の料理を出されているようで、それを不思議に思ったリウクレアはつい男に「どうやって作っているのか」と尋ねた。
オスカーはその問いに何ということのないように返す。
「転移で適当な市場を回って出来合いのものを買ってきている」
「え……? 毎日?」
「毎日。何か嫌いなものでもあったのか?」
あるならば次は避ける、と言う男に、リウクレアは開いた口が塞がらなかった。
一日二回、これだけの食事を買い揃えるのにどれだけの手間と金がかかっているのか。行過ぎた無駄を訴えようとして彼女は口をぱくぱくさせる。 おそらく彼が浪費を承知で買ってきているのなら、すぐさま声を荒げていただろう。
だがオスカーは、何が問題なのかまったく分かっていないようだった。ぱくぱくしているリウクレアを心配そうに覗き込んでくる。
「どうかしたのか?」
「…………私が」
「ん?」
「私が、作るわ」
何故自分で作らないのかなどと言っても仕方ない。彼が家事の類に長けていないことは、嫌でもそれなりの期間一緒に暮らせば分かる。
それに、彼女自身働いていれば余計な引け目を感じずに済むのだ。リウクレアは好きでここにいる訳ではないが、だからこそ流されるままに全てを任せてしまうのは嫌だった。
彼女の宣言を聞いた男は、驚いた顔をしたもののすぐに微笑する。
「分かった。頼む」
「え……」
―――― 彼は、自分の口に入るものを自分を憎んでいる女に任せて、不安には思わないのだろうか。
あっさりとした首肯に毒気を抜かれたリウクレアは、それ以上何の文句も言えずに頷き返した。



行商人が持ち込んでくる食材は、半分くらいは彼女の知らないものだった。
元々リウクレアは森の中の小屋に追い立てられて、人とは思えぬ不自由な暮らしを送っていたのだ。
小屋にあった少ない本などから手に入れた知識もあったが、当然ながら分からないことは多い。
その為彼女は、知らないものを持ち込まれた際は、それに似た食材などから大体の見当をつけて毎日の料理を作っていた。
調理を担当し始めてから一週間、城の厨房で半日煮込んだ鍋を前にしたリウクレアは、小さな唸り声を上げる。
「これ、あれ……」
鶏肉によく似た肉を勧められた為、同じように煮込んでみたのだが、何かが間違っていたようである。
いささか獣じみた脂臭さが強く出てしまい、彼女は眉を顰めていた。何を入れれば立て直せるのか、先程から小鍋に取り分けて試しているのだが上手くいかない。
これはもう鍋の中身を諦めて新しい料理を作った方がいいのだろうが、時間は迫っているし食べ物を捨てることには抵抗があった。
迷いながらもリウクレアが大匙片手に塩の壷を開けた時、だが背後から何の気配もなく男が覗き込んでくる。
「どうかしたのか?」
「……っ! 何でもない!」
「何でもないという様子ではないと思うんだが。さっきからうろうろしているだろう?」
リウクレアが気づかなかっただけで、オスカーは彼女が困っているところを見ていたらしい。
咄嗟に何の言い訳も思いつけなかったリウクレアは思わず硬直した。その隙に味見用の大匙をひょいと取り上げられる。
彼は見惚れる程に優雅な仕草で匙に残っていたスープを飲むと笑った。
「問題ないだろう。美味い」
「……嘘つき」
「何故疑うんだ」
苦笑して匙を返されたが、納得いかない気持ちには変わりがない。
以前の食事から考えるだに、この男は恐らく舌の肥えた人間なのだ。彼女にも分かる失敗が分からないはずがない。
なのに何故見え透いた嘘をつくのか。反感を抱いて睨みつけると、オスカーは困ったような顔になった。
「そんな目をされても本当のことだからな。お前が作る料理は基本美味い」
「作った私が失敗したって思ってるのよ」
「そうは言ってもまだ鍋が爆発していないしな」
「爆発?」
不穏な単語を聞き咎めたものの、オスカーは笑っているだけで答えようとはしない。それどころかさっさと皿にスープを汲むと、それを持っていこうとする。
リウクレアは思わず飛び上がった。
「待って! それは―――― 」
「お前が要らないなら俺が飲むからいい」
「でも」
彼女は思わず地団太を踏みたくなったが、彼の前で子供のような駄々を曝すことは出来ない。
だがそれと同様に、失敗した料理を彼に食べさせることもしたくはなかった。
平行線になってしまいそうな予感。乱暴な言葉を飲み込んだリウクレアは、男からついと視線を外す。
「……次はちゃんと失敗しないようにするから……」
何故失敗したのか、言い訳をしては惨めになる気がした。
皆に忌み嫌われた自分がどのように育ってきたのか、この男に知られたくはなかったのだ。
一つを思い出せば、苦い記憶が次々蘇ってくる。リウクレアは横を向いて涙を堪えた。 じっと治らない傷を思う。
だがそうして何も言わない彼女の小さな頭を―――― オスカーは無言で抱き寄せると、艶やかな黒髪に口づけた。



苦しい感情も泣いて流してしまえば、ひとまずはすっきりする。
別々に取った食事の後、自室でひとしきり泣いたリウクレアは、片付けの為に厨房に戻ってきた。
そして思わず唖然としてしまう。
あれから大して時間があったとは思わない。だが彼女がいない間に、厨房の片隅には小さな本棚が置かれていた。
きっちりと収まっている料理本全集の背表紙を、リウクレアは罅割れた指でなぞる。素直な疑問がぽつりとこぼれた。
「……何で分かるの?」

醜い顔も惨めな生い立ちも、気づけばいつの間にか拭われている。
気に病まずにいられる。それはきっと彼の手が及んでいるからだろう。
リウクレアは背表紙から指を離すと、赤くなる頬を押さえる。
何処か息苦しさに似たその感情は彼女の知らぬもので、だが不思議と不快ではなかった。