贈り物

mudan tensai genkin desu -yuki

多い時は月に一、二回、仕事などで忙しい時は三ヶ月に一度程、男はクラリベルを訪ねてくる。
それが何の為であるかは分からない。ただ彼は欠かさず贈り物を携えて彼女に会いに来る。
そしてお茶を飲んで他愛もない話をしては帰っていくのだ。
或いは祖国が滅亡してから彼も、気軽に話を出来る人間が減っているのかもしれない。
気を抜ける場を求められているのなら、クラリベルはそれに応えたかった。
―――― そう思っていた彼女が思いもよらない提案をされたのは、土産として白い花束を贈られた日のことだ。

「え?」
「いやだから、俺にしてみないかって」
「え?」
会話が同じところを回っているのは他でもない、クラリベルが言われていることを理解していないからだ。
彼女は思い切り眉を顰めると「何をですか」と尋ねた。
「その、雇い主が紹介してくれるっていう男をさ、俺にしてみないか?」
「ええ? どうやってすり替わるんですか?」
「すり替わりはしないけど」
「???」
―――― まったく意味が分からない。
そもそもこのような話になったのは、彼女の勤めている屋敷の主人から「知人と知人の息子が会いに来るから同席してみないか」と言われたのが切っ掛けだ。
何故女中の自分が同席するのかは分からないが、おそらくお茶出しなどの人手が必要なのだろう。
だがその話をエヴェンにしたところ、彼は「俺にしてみないか」と言い出したのだ。
「それって、エヴェンさんがお茶を淹れるってことですか?」
「違う。って、言い方が不味かったか」
「分かりませんよ」
彼の話は時々そうだが、クラリベルの理解出来ないところを行ったり来たりする。
いつもはそのような話に対し適当な相槌を打って流すのだが、今回は提案という形を取っているので若干真面目に聞き返してみた。
秀麗な顔立ちの男はテーブルを挟んだ向かいで微笑する。
優美さを窺わせる彼のその表情は、作られた大人としてのものでクラリベルはあまり好きではない。
何と言い返してやろうかと思った時、エヴェンは改めて口を開く。
「だから、その夫候補を俺にしてみないかって」
「………………は?」
沈黙の末に出た一言は、自分の耳にも冷ややかなものとして聞こえた。
しかしエヴェンはまったく動じずに、笑ったままクラリベルを見ている。
それが何故か癪に障って、彼女は男を睨み返した。


以前からしばしば彼はクラリベルをからかおうとするが、それにしてもまったく脈絡がない。
どうしてそんな話になるのか、雇い主を冗談に巻き込まれているようでクラリベルはきつく返した。
「結婚の話なんてしてないじゃないですか」
「してたよ。君が分かってないだけだ。雇い主は君を知人の息子に結婚相手として紹介しようとしている。
 じゃなきゃ普通、女中を同席させることはない。君の評判を聞いて向こうが望んだか、雇い主が気を利かせたかどちらかだろ」
滔々と語られる内容に、クラリベルは唖然としただけだった。
聞いた言葉が上手く頭に入ってこない。それに男への微小な反感が関わっていることは確かだ。
彼の話が単なる冗談だったとして、或いは真実だったとしても、何故それが彼自身の話に繋がるのか。クラリベルは頬を膨らます。
「そんなの信じられません。私なんてただの女中ですよ」
「いい妻でいい母になる。誰からもそう思われるんだよ。―――― 君が優しくしている人間からはね」
まるで「俺は違う」とでも言いたげな物言いに、少女は目を細めた。
「それって全部エヴェンさんの勘違いですよ。そんなこと言われたことないですし」
「実際にその息子と会えば言われるさ。でもそれはちょっと気に入らないな」
「気に入らないって」
「俺もそう思ってたから」
「は?」
いつの間にか腰を浮かしかけていたクラリベルは、そのことに気づくと慌てて座りなおした。
このまま熱くなっては恩人である男と口論になりかねない。さすがにそれは不味いと思ったのだ。
だがエヴェンは彼女の苛立ちなど何処吹く風である。彼は品と艶のある表情をクラリベルに向けた。
「俺も思ってた。君を妻に出来たらいいと」
―――― 分かりやすい求婚の言葉。
しかしそれはクラリベルにとって、最初の言葉よりも余程意味が分からなかった。


「は?」
ようやく出た声は、先程のものと比べて明らかに棘があった。
「そういう冗談はやめてください」
「いやいや本気で。だから俺にしないかって」
「エヴェンさんは嘘つきだから嫌です」
即答すると、男は苦笑する。
そういう表情は少しだけ、彼の本当が見えるようだ。
エヴェンの本当はいつでも翳や瑕と共にあって、だからクラリベルはそれらに触れようとしなかった。
触れないでいるべきだと思っていたのだ。ましてや結婚するなどあり得ない。
クラリベルは視線を逸らすと、男がいつもの表情を取り戻して自分をからかうのを待つ。
しかしいくら待っても一向に次の言葉は返って来ない。代わりに聞こえたのは相手が席を立つ音だった。
驚いた彼女が見上げると、エヴェンはばつの悪い顔で肩を竦める。
「嘘じゃないから。考えといて」
「エヴェンさん」
男は肩越しに手を振って部屋を出て行った。
一人取り残されたクラリベルは、何故か罪悪感を抱いて押し黙る。
―――― その晩彼女は、まだ母が生きている頃の、温かな食卓の夢を見た。



数日後エヴェンが再びクラリベルを訪ねてきた時、贈り物として差し出されたものは白いヴェールだった。
上質な薄絹で作られた花嫁の被り布。生まれた村の風習を彼に話したことはないが、兄などから聞いていたのだろう。
苦笑するエヴェンの手からクラリベルは黙ってそれを受け取る。
「嫌なら返してくれて構わない」
「……そうですか」
―――― 彼の言葉が冗談ではないと、本当は最初から分かっていたのだろう。
エヴェンが何を欲しがっているのか、いつからか薄々察していたのだ。
だがそれに知らぬ振りを返していたのは、傷に触れるべきではないと思っていたからだ。
年上の男の傷など無闇に触れるものではないと、クラリベルは思っている。
少し勘違いしていたのは、彼がそれを嫌がらない人間だったということだ。
「……仕方ないな、って思うんです」
「何が?」
「エヴェンさんを見てると、時々そう思います。ああ、仕方ない人だなって」
「…………」
手を繋ぐ機が遅すぎたのかもしれない。
自分たちは子供の頃に出会い、もっと早く手を取り合っていれば、普通の恋をしたのかもしれない。
偽ることが得意になってしまう前に。自分は子供だと割り切る前に。
だがクラリベルはそれについても「仕方ない」と思うだけだ。
「エヴェンさんは、家が欲しいんですよね? 普通のあったかい居場所が欲しくて、だから私に」
「そうだけど、それだけじゃない」
「じゃあ何ですか」
「たとえば君のそういう容赦ないところとか好きだな」
「何ですかそれ」
クラリベルは軽く眉を上げたが、本気で怒る気にはなれなかった。
むしろこれだけ言っても怒らない相手が不思議だ。男の目に自分がどう見えているのか、彼女は純粋に知りたく思う。
溜息をつく気にはなれない。クラリベルは受け取ったヴェールをじっと見つめると、やがて手元で畳み始めた。
「これは頂いておきます」
「じゃあ」
「急いでも刺繍に半年程かかりますから。その間に本当に私でいいのか考えといてください。私も考えます」
半年の猶予の後、それでもお互いが「構わない」と思うのなら、家族になってもいい、とは思う。
年も離れた、生まれも育ちも違う男と、恋人になる自分は想像出来ない。
ただ家族として在るなら―――― そこには確かな温かさが保証されているような気がした。
きっと大丈夫なのだろうと思うくらいには、男は優しかった。



結婚式はささやかなものだった。
村に帰り、父の立会いのもとに挙げた式。
何もない質素な集落に貴族出身の男が向けた目は、ひどく羨ましげなもので……クラリベルはまた「仕方ないな」と思った。
それからの暮らしは、偽りなく幸福だった。