陰影

mudan tensai genkin desu -yuki

暗い部屋の中では小さな燭台が一つだけ、その存在を主張していた。
寝台に潜っていたヴェオフォルミネは、毛布から顔だけ出して、暖色の灯りを見る。
燭台の置かれたテーブルでは、男が一人書き物をしていた。
かりかりと軽い音をさせてペンを走らせていた男は、気配に気づいてか少女の方を見る。
「起こしちまったか。眩しかったか?」
「ううん。目が覚めただけ」
灯りに照らされる男の姿は、半分以上が暗い影に見える。
ヴェオフォルミネは芋虫のように毛布にくるまりながら問うた。
「何してるの?」
「色々書き留めてる。昔あったこととか今起きてることとか」
「どうして?」
「忘れても困らないように。いや、違うかな。忘れちまわないようにか」
ヴェオフォルミネにその違いは分からない。
ただ彼女は、面白そうだからあとで自分もやろう、と思った。
オーティスの書いている何かは、束ねられてテーブルの上に置かれていたが、かなりの厚みを持っている。
彼女が気づいていなかっただけで、ずっと昔から彼はそれを書き続けてきたのだろう。
ヴェオフォルミネは何も考えずにその先を尋ねる。
「いつまで書くの?」
「ずっとだな。ずっと先まで、書ける限り」
「そんなに書いたら、大陸から紙なくなるね」
「いやいやいやいや、なくならないだろ。作られるだろ」
「そうかな」
「俺一人のせいで紙がなくなるとか、やばいだろ」
「ずっとって言うから」
それは、とてもとても長い間なのだ。
ぼんやりとだがヴェオフォルミネには見える。遠い、ずっと遠い先を一人歩く彼の姿が。
そんな時まで書き続けては、きっと彼は疲れてしまう。
心配になったヴェオフォルミネは、いいことを思いついた。
「そうだ、わたしが半分書いてあげる」
「へ?」
「そうすれば、楽」
「いや……気持ちはありがたいけどなあ。お前の書くものとかちょっと」
「今のうちに先のことまで、ずっと書いておく。そうすると、あとが楽」
「おいおいおい。今から先のことまでって占いか。占い書か」
ヴェオフォルミネは頷く。自分の見えているものが何か、自分では分からないが、周囲の人間は皆占いと言う。だからそうなのだろう。
彼女の目にそれは、薄くたなびく「何か」に見える。
魔法構成が見えるように、視点をあわせればそこには多くのものが映る。
あとは不器用に手繰り寄せるだけだ。もっともそれはいつもぼんやりとして、映像とも言葉ともつかない。
まるで小さな燭台に照らされる影のようだ。

「だめ?」
いい提案だと、自分では思う。
しかしオーティスは、苦笑して首を横に振った。
「俺が書いてる理由は物覚えが悪いってだけだからな。お前だったら―――― 見るだけでいいよ」
「みる?」
「そうだ。これからの大陸がどうなってくのか、お前の目で直接見てくれればいい。それで俺は満足だよ」
「わかった」
「じゃあ、明日も元気でいる為に、そろそろ寝るんだ」
「うん」
燭台の灯りが消される。
ヴェオフォルミネは頭まで毛布の中にもぐりこんだ。目を閉じて、夢を描く。
ぼんやりとした未来はよく分からない。だから彼の言う通り自分の目で見てみようと、思った。