地下

mudan tensai genkin desu -yuki

「遺跡ってのはなんで地下にあるんだろうな」
主人である少年の疑問は、ラザルの耳に届いたが思考までは動かさなかった。
それどころではなかったのだ。底の見えない暗闇の中、石の一本橋を渡っている彼は、喉を鳴らして一歩先へと進む。
「ラザル、聞いてるか?」
「申し訳ありません。聞いておりません」
「じゃあもう一回言う。遺跡ってのは、なんで地下にあるんだろうな」
「分かりません」
「真剣に考えてみろ、俺も考えてるから」
「今この状況では考えられません!」
何しろ少しでも足を踏み外せば、真っ暗な中へと落ちかねない状況なのだ。
このような状況でまともな考えなど浮かんでくるはずもない。ラザルは、先をすたすたと歩いている少年を目で追った。
軽装に長剣を佩いただけのオスカーにとっては、崩れ落ちそうな一本橋も平地とまったく変わりないらしい。
みるみるうちに差は開いてゆき、ラザルは情けない声を上げる。
「で、殿下……待ってください」
「どうした。考えがまとまったか」
「違います……」
出来ることなら引き返したいが、既に戻るのにも距離がある。
ましてや主人を置いて帰ることなど出来ない。
その場に蹲ってしまいたい気持ちのままラザルが中腰でいると、奥からオスカーが戻ってきてその手を取った。
「ほら、どんどん行くぞ」
「どんどんは無理です」
そう言ってはみたが、手首を掴まれて引っ張られている為、先に進まないわけにはいかない。
ラザルは出来るだけ下を見ないようにしつつ、主人の背を追って歩き出した。
橋の欠片が崩れるカラカラという音に冷や汗が噴き出る。
一方のオスカーは、何も気にしていないような口ぶりで言った。
「何故地下なんだろうな……。罠を作りやすいからか?」
「地上に作ったものは壊れてしまったんじゃないですかね……」
「なるほど。確かに地上には壊れかけの遺跡があるな」
適当に返した答はオスカーの琴線に触れたらしい。
しきりに少年が頷くせいか、掴まれている手も振られてラザルはひやりとした。
そんなことはどうでもいいから橋を渡ることに集中して欲しいと思う。

暗い遺跡を照らすものは、彼らがそれぞれ腰に提げているランタンだけだ。
ラザルは僅かに見える範囲を見ないようにしながら、オスカーの背だけに集中する。
足取りは先程よりはずっと軽い。掴まれている手を通じて、主人の胆力を借りている気がした。
ようやく橋の終わりが見えてくると、ラザルはほっと気を抜く。
「なんとかなりましたね、殿下」
「まぁ見ろ。この先が凄いんだ」
「帰りましょう!」
「まだ入り口じゃないか。何言ってるんだ」
「もう充分堪能しました!」
「そうか。よし、行くか」

―――― 思えばどうして、主人はいつも自分を連れてくるのか。
足手まといだという自覚はある。魔法士を連れてくればもっといいのではないかとも。
けれどオスカーはいつも、ラザルだけに声をかけて城を抜け出すのだ。
嫌がらせかと思ってしまうが、そうではないのだろう。
ラザルは溜息をついて主人を見上げる。
「楽しいですか、殿下」
「楽しいな。お前は楽しくないのか?」
「……ええ、まあ……楽しいかもしれません」
もし、自分が無事に生き延びられたのなら、いつかこういう冒険もよい思い出になるのかもしれない。
きっと十年後には、自分たちは今のようには自由でいられないだろう。
そう思うからこそおそらく、オスカーも無茶をするのだ。ラザルの胸を、多くの感傷と充足が行過ぎる。
橋を下りたオスカーは、手を離すと隣の少年を覗き込んだ。
「どうした? 大丈夫か?」
「一応大丈夫です。暗くて怖いですが」
「なんだ、地下が不満なのか。じゃあ次はお前に行き先を選ばせてやる」
「本当ですか!?」
同じ遺跡でも地上の遺跡を選べば、もっと落ち着いて冒険を楽しめるかもしれない。
そんなことを考えてほっとするラザルは、しかし道の先を見て軽く絶望した。
狭い通路の先には、明らかに魔法生物と思しき異形の石像が鎮座していたのだ。

「よし、行くか」
「止めてください! 動きますから、あれ! 帰りましょう!」