mudan tensai genkin desu -yuki

レアリアが初めて鳥を見たのは、六歳の時だ。
それまで彼女は、城を出たことが一度もなかった。守られるように制限され、決められたことだけをしてきたのだ。
だがある日彼女は、城を抜け出して外に出た。
そして草原の上を飛ぶ鳥を見た。

「あれが鳥?」
「そうだ」
傍らに立つディアドの少年は、レアリアの問いにそっけなく答えた。
その横顔を見上げて彼女は眉をしかめる。
高い襟に隠れた褐色の首元に、黒い痣が一瞬見えたのだ。
それはおそらく彼の父親が作ったもので、この少年の体にはそんな傷が一つではなかった。
レアリアは何かを言おうとして、しかし少年の視線に留められる。
彼らが口に出来ることはそう多くない。それは、城を出たこの草原においても同じだ。
代わりに彼女はまた空を見上げる。
「……どうして城からは鳥が見えないのかしら」
「結界が張られている。鳥の侵入も防がれる」
「どうしてそんなことをするの? 別に鳥くらいいいじゃない」
「昔、そうして他国の魔法士が使い魔を侵入させたことがあった。似たようなことを防ぐ為だろう」
「そう」
つまらないことをする、とレアリアは思った。
一度の事件を恐れて、多くの可能性を摘むのだ。そんなことをしなくても、敵はいくらでも抜け道を探してくるだろう。
鳥が入れないのなら、彼らは別のものを使って侵入を試みるはずだ。第一、敵が外にいるとも限らない。
―――― そこまで考えて、レアリアの思考は止まる。
敵とは、なんだろうか。
その答を彼女は持っていない。彼女は己のディアドを見つめた。

「あなたは、これからどうするの?」
考えた質問は、口にしたらいささか違うものになった。
本当は「ディアドは誰と戦うものなのか」、それを穏便に聞きたかったのだ。
しかし少年は、その問いにひどく虚を突かれたようだった。驚いた目がレアリアに向けられる。
―――― これから、どうするのか。
本来はそれに対する答など一つしかない。
レアリアは女皇に、彼はそのディアドとして一生を終える。それぞれが後継者を作り、次代へと繋げる。
だが本当に、それで上手くいくのだろうか。
彼の父の横暴は、先代女皇が亡くなった昨年から更に酷くなっている。
その暴力は彼以外の人間に向くことはないが、だからといって何が許されるわけでもないとレアリアは思っていた。
きっとそれは、おかしいことなのだ。城の上を鳥が飛べないように。彼女が外へと出られないように。
レアリアはじっと彼を見る。
少年は息を詰めて主人の目を見下ろしていたが、その色が赤紫がかるとかぶりを振った。
「……そのようなことを聞かれても分からない」
途方にくれているかのような言葉は、レアリアも同感だった。

雲の下を、白い鳥が飛んでいる。
その様は美しかった。何処までも行けるのではないかと思う程に。
城を抜け出した二人は、無言で空を見上げる。
分かることは多くない。彼らの両腕はこの時、少しも翼ではなかった。