教えて

mudan tensai genkin desu -yuki

「子育てって難しいですね」
雨の日の研究室、お茶を飲みつつ外の曇天を見上げていた雫は、ぽつりとそんなことを呟いた。
それは漠然とした一言ではあったが、同問題に関して責任者は一人ではない。当のその男は、向かいで本を読みながら返してきた。
「簡単であるとは思わない。ただ問題点を詳細にすることで対策を見つけることも出来るんじゃないかな」
「何処が問題か分からないところが問題だと思うんですよ」
「難しいと思った理由を挙げてみればいい」
他人事のようにも聞こえる助言は、彼女にとっては聞き慣れたものだ。
雫は温かいお茶をもう一口啜った。
「予想外な展開が多いところとかですかね。今日とか何で結婚したのか聞かれましたよ」
「正直に言えばいい」
「聞き間違いで結婚したってことをですか?」
「うん」
率直な肯定は予想通りではあったが不安が残るものである。本当にそれでいいのか激しく疑問だ。
彼女はカップを置き、代わりにペンを手に取った。
「正しいかもしれないですけど、正解なんでしょうか……」
「言ってること矛盾してるよ」
素直な気持ちではあるのだが、確かに矛盾もしている。雫は「うーあー」と間抜けな声を上げた。
―――― 正しいことが正しいと言い切れないのは何故なのか。
いささか思考を蛇行させつつ彼女は手の中のペンをくるりと回す。
「答えにくい質問が多いんですよ。何で宮廷に出入りするようになったのかとか」
「正直に言えば?」
「殺されそうになったのが切っ掛けって?」
「うん」
「…………」
―――― さすがに何かが間違っている気がする。事実ではあるが間違っている。
しかしそう言ってはまた「矛盾している」と言われてしまうだろう。
子供よりもまず夫と意思疎通が微妙な現状、雫は頭を抱えて唸った。
「む、難しい……」
「君は君の思うようにすればいいよ。本当のことを言ってもいいし、嘘ではないことを言ってもいい。嘘をつくでもね。
 何が正しいかはないと思うよ。どんな親子に対しても正しい方法があるなら、とっくに常識として周知されてるだろう」
「ぐああああ!! やっぱそうですよね!」
頭を掻き毟ってみても正しいことは分からない。
そもそもたとえ普通の親子の為に正解が用意されていたとしても、自分達はあまり普通ではないのだ。
少なくとも雫は、自分が十八歳になるまでに何処でどのような人生を送っていたのか、ありのままを話すことは出来ない。
何を切っ掛けにして何が変わるか分からない。―――― それは彼女が、誰よりもよく知っていることだった。
雫は冷めていくお茶の表面に視線を落とす。
「あんまり考え過ぎてもよくないんですかね」
「かもしれない。けど正直なところ僕にはちょうどいい匙加減が分からないからね。君に合わせるよ」
彼がそう言うのは責任の放棄ではなく、本当に自分には分からないと思っているのだろう。
そしてそれは事実だ。自分の教師であり続けた夫に、向き不向きがあることを雫は把握している。
それでも聞いてしまったのは彼の意見を尊重しようと思ったのと、単に不安だったからなのだが、やはり肝心のところは自分で決めるしかない。
雫はしばらく首を捻ると頷いた。
「じゃあもうちょっと大きくなるまで、嘘じゃないけど当たり障りない感じで……」
「了解。成り行きで結婚したって言っておく」
「確かに嘘じゃないですね」
この夫に情感を付随させた説明など無理なのだから、それでいいだろう。子供たちも答さえ分かれば答の内容に不満を持ったりはしないのだ。
雫は若干すっきりしてカップに残ったお茶を飲み干す。
窓の外の曇天は相変わらずで、だがそれは何の愁いにもならなかった。