mudan tensai genkin desu -yuki

「あ、やべ、風邪引いたかな」
そう言ったアージェの様子は、いつもと変わらないけろりとしたものだ。
だが彼の口からそのようなことを聞くのは初めてだったので、レアリアは慌てて食堂の椅子から立ち上がった。喉を押さえている青年へと手を伸ばす。
「ア、アージェ」
「平気。酒飲んで寝れば治るだろ」
「でも」
「大丈夫だって。まだそんな酷くないし。悪いけど、レアは自分の部屋で大人しくしてろよ」
アージェはあっさりそう言うと、テーブルの上の酒瓶を持って部屋に上がっていってしまった。
その後をレアは急いで追ったが、既に友人の青年は自分の部屋に鍵をかけている。
「……どうしよう」
―――― 大丈夫と言われても、ちっとも安心出来ない。
アージェに関しては心配性の彼女は、すぐに自室へ飛び込むと滋養強壮の魔法薬を作り始めた。


薬が出来たのは、夜もすっかり暗くなってからのことだ。
レアは小瓶に詰めた液体の魔法薬を確認すると、そっと廊下に出る。
アージェの部屋には鍵がかかっていたが、彼女は心の中で謝りつつ魔法で開錠した。
暗い部屋の中に、そっと身を滑り込ませる。
「アージェ」
小さな宿屋の部屋には、一つしか寝台がない。レアはその寝台の枕元に忍び寄った。眠っている青年の肩に手を伸ばす。
―――― 少しだけ起きて、薬を飲んでくれればいい。
彼女はそう思ってアージェの肩に触れた。
「アージェ……起きられる?」
囁く声に応えたのは、大きな手だ。
レアは無言で手首を掴まれぎょっとした。それだけでなく、腕を強く引かれて転びそうになる。
「ちょっ、危な……」
寝台に頭をぶつけてしまうかと思ったが、そうはならなかった。
うつぶせになったレアリアは、小瓶を落としていないか確かめてほっと息をつく。
しかしすぐに、事態を把握して真っ赤になった。
「ア、アージェ、離して……」
仰向けで寝ている彼の上に、体ごと乗ってしまっている。その上、降りたくてもアージェの手が彼女の腰をしっかりと抱いていて動けないのだ。
寝たふりをしていて悪戯されたのだろうと思ったレアは、空いている方の手で彼の胸を叩いた。
「アージェ! 薬を飲みなさい!」
「……薬?」
半眼の青年と目が合う。
ほっとしたのも束の間、レアは寝台に背を押しつけられ目を丸くした。
入れ替わった上下の下で、あまりのことに絶句する。
「あの……ちょっと……」
「こんな時間に訪ねてきてなんのつもりですか」
「く、薬を」
「なんの薬?」
首筋に唇を押し付けられる。その感覚にレアは気が遠くなりかけて―――― だが青年は顔を上げてすぐ気の抜けた声を出す。
「あれ……夢じゃないのか?」
「……多分、現実だと思うの」
「…………」
「…………」
気まずい空気は、どちらの責任になるのだろう。
レアは「こ、これ飲んでね!」と小瓶を彼に押し付けると、そのまま自分の部屋に転移して戻ったのだった。
その晩はあまりのことに朝まで眠れなかった。



「アージェ、風邪の具合は」
「おかげさまで治りました。昨日は」
「その先は言わないで!」