呪い

mudan tensai genkin desu -yuki

切っ掛けは、魔法詠唱の研究の為につけていた覚書だ。
ラヴィニアは構成が苦手ではないが、詠唱の研究は好きだった。どのような言葉でどのような効果を得るか、自らの表象を定義しながら調節していくのだ。
その研究についての記述は、更に暗号化して記してあった。
詠唱と表象という極めて個人的な研究を更に暗号化する意味はあるのか、とも思うが、用心に越したことはない。
結果としてラヴィニアがつけている覚書とは―――― 「二十三の月、湖に馬が沈む、奇声が瓶を割る、子供の背中は豚の肌」などという記述が続く、まったくさっぱり意味不明なものとなった。

「あんたさ、呪いとか向いてるんじゃないの?」
久しぶりに会う知人に、覚書を見られて言われた感想がそれだ。
その時住居にしていた小さな家の居間で、ルクレツィアは呆れ半分、関心半分の表情を見せていた。
自分で淹れたお茶が苦すぎることに閉口していたラヴィニアは顔を上げる。
「呪い? あれは魔法ではないだろう」
「厳密にはそうだけど。でもあんた多分向いてるわよ。こういうの好きなんでしょ?」
「好きというか。面白い」
「すんごい意味不明な呪いとかかけそうよね。解析不可能、みたいな」
「解析可能では呪いの意味がない」
呪いとは独自言語でかけるものなのだ。簡単に解析出来るようなものではないし、されては困る。
勿論言語に力を込める以上、その力の痕跡を使って読み解こうとすることは可能だろうが、その辺りはもう解析する術者との技術比べになるだろう。
呪いはかける方が絶対的に有利ではあるが、その有利に甘んじていては単純なものにしかならない。
自分ならどうかけるか―――― そんなことを考え出すラヴィニアを、頬杖をついたルクレツィアが見やる。
「……なんかわくわくしてない?」
「そんなことはない」
「楽しそうな顔してる」
「そうか? ところでそろそろ研究に戻りたいのだが、いいだろうか」
「呪いを試してみようとか思ってない?」
「そんなことはない」
内心のわくわく感を押し隠してラヴィニアは立ち上がる。
呪いの研究にはまず先人の解析からだ。あちこち回って資料を集めねばならない。
客の知人を放置して外套を取りに行き、そわそわと仕度する彼女を、ルクレツィアは半眼で見上げる。
「楽しそうね……」
呟いたその声も、落ち着かない魔女には届いていなそうだ。
やがてラヴィニアが転移して出かけてしまうと、閉ざされた森の魔女は溜息をついた。
「ちょっと……私が戸締りしてくの? まったく何かに夢中になると周り見ないんだから」
ぼやきながらルクレツィアは扉の鍵を確認すると、自らも転移して知人の家を去る。
後にはテーブルの上に、暗号のような覚書が残されただけだった。