純情

mudan tensai genkin desu -yuki

不可解かつ不条理―――― それが女性陣に対して抱くアージェの感想だ。
彼女たちはしばしば訳の分からぬことで怒り、彼を非難し、最終的には自己解決する。
自己解決出来るのなら最初から怒らなければよいと思うのだが、それを言っては余計怒られるだろう。
結果としてその日も主君である女の怒りを買ったアージェは、彼女に執務室を追い出された休憩時間、中庭で欠伸を噛み殺していた。
そのまま昼寝でもしようかと寝転んだところで、頭上から険しい声がかかる。
「兄! 何をこんなところで怠けているのだ!」
「怠けてない。陛下に休憩しろって言われたんだよ」
「…………また何かしたのか」
「何かってなんだ」
正確には追い出された本人であるアージェは、何故追い出されたのか分かっているのだが、ミルザのいかにも粗忽なものを見るような目にとりあえずしらを切ってみた。一方返ってきたものは大きな溜息である。
「兄はもう少し、発言する前にそれが言っていいことかどうか考えた方がいい」
「その基準がよく分からないんだよ。気を使っても怒られたりするしさ」
「言わなくていいことを何故言うのか、理解に苦しむ」
中庭に寝転がったアージェは、自分を覗き込んでいる妹が憐れむようにかぶりを振るのを、白い目で見上げた。
騎士の略装を着ている少女は引き締まった体躯のせいか、剥き出しの腕などを見なければ細身で通る。アージェはふと思いついて小柄な妹をまじまじと眺めた。
「お前も胸ないな」
「………………」
率直な感想は事実だ。事実なのだから何の問題もない。
―――― 基本的にそう思っているアージェは、しかし次の瞬間ミルザに爪先を踏まれて沈黙した。
騎士の少女は目を細めて微笑む。
「兄、まさかそのようなことを陛下に言ったのか?」
「……言ったかもな」
「馬鹿か! どれだけ兄は人の気持ちが分からぬのだ!」
「いやでもレアも自覚あるみたいだし」
「あろうがなかろうが禁句だ! いい加減それを理解するのだ!」
ミルザは爪先に力をこめてぐりぐりと兄の足を踏みにじった。
もっとも靴自体が丈夫である為、それ程痛みは感じない。アージェはまるで何も起きていないかのように続ける。
「お前はそんなに気にしてないだろ、胸」
「私は騎士だからな。胸の有無が何かに関係するわけでもない」
「陛下もそうだろ。何も関係ない」
「本気で言っているのか? 兄は気にしないのか?」
「しない。何で俺が気にするんだ?」
言うと同時に踏んでいた足がどけられる。
少女は何かを考え込むような顔をしていたが、彼の隣に座ると小声で兄に問うた。
「本気でそう思っているのか?」
「思ってる。そうだろ?」
「……ならそう申し上げればよいのではないか」
「言うなって言ったり、言えって言ったりどっちなんだよ」
「本当のことを言うのだ! 気にしない、ということと、好きなところを付け加えて言うのだ!」
ミルザの主張は、どうしてそれでいいのかよく分からないが、妙に熱がこもっている。
アージェは胡散臭さを覚えつつ、目を閉じて欠伸をした。
「じゃああれか? 胸がなくても気にしないし、むしろ足が好きだからいいとか言えばいいのか?」
「…………兄」
「アージェ……」
最後の声は、この場にいるはずもない人間のものだった。
ぎょっとして腰を浮かせた兄妹は、振り返った先に主君たる女皇が立っているのを見て押し黙る。
硬直しているミルザの隣で、アージェはまず兄として頭を下げた。
「あー、えーと、すみません。俺のせいです。こいつは関係ない」
「そ、そう……」
―――― 非常に気まずい。
気まずいのだが、レアリアは怒り出す様子はなさそうである。むしろ耳まで真っ赤になって俯いている。
三人ともが何を言えばいいのか分からない状況。
ややあってレアリアは「さっきはごめんなさい」とだけ言い残し、その場を立ち去った。
二人に戻った兄妹はお互いの顔を見合わせる。
「兄はまったく……」
「怒られなかったんだからいいだろ」
いいのかどうかはともかく、事態の悪化は避けられている気がする。
アージェは改めて草の上に仰向けになると、しばしの休息を目を閉じて過ごすことにしたのだった。