逢瀬

mudan tensai genkin desu -yuki

森の中に住む魔法士の女を訪ねる方法は簡単だ。
単に、目的の森に闇雲に突っ込んで迷子になればいい。
―――― とは言っても、それが正しい手段であるかは定かではない。
デトスも別に最初から迷子になりたいと思っているわけではないのだ。
ただラヴィニアの住むその森はとても広く、そして分け入る道がない。
なので必然的に、彼女を訪ねようと思ったら迷子になってしまう。今のところ致命的な遭難に至っていないのは幸運だろう。
もっともいつ本当に遭難してしまうか分からないと、迷子になる度に思うのだが……

「遭難などするわけがないだろう」
常々思っていた不安を打ち明けた時、ラヴィニアは呆れ顔でそう返してきた。
テーブルの上のお茶は、彼が西の国から仕入れてきたもので、柑橘類のよい香りが漂っている。
今日も今日とて迷子になり森の中に座り込んでいたデトスは、自分を拾った女の物言いに目を丸くした。
「遭難しないのですか」
「この森には全域薄い感知結界が張ってある。人が入って来れば気づく」
「ああ……凄いですね」
それで毎回違う場所で迷子になっていても、すぐ彼女は迎えに来てくれたのだ。
納得しつつも、デトスは女の力の強大さに感心した。
「魔法士の方というのは本当にすごい力を持っているものなのですね」
純粋な感嘆の言葉。しかしそれにラヴィニアは苦笑しただけだ。
いつも多くを語らない女は、そうしてお茶のカップを傾ける。
多少の険はあるが整った顔立ち。そこに浮かぶ表情は、多くの人間には気難しいものに映るのだろうが、デトスはここ数ヶ月の付き合いで彼女が優しい人間であることを分かっていた。
―――― そう、彼女は優しいのだ。
ラヴィニアは、稀に森へと迷い込んでくる人間を決して見捨てようとはしない。
言葉こそぶっきらぼうで愛想はないが、彼女の伸ばす手や使う魔法は、いつでも不器用な程に優しかった。
だからそのような人間が、どうして人里離れた場所で一人暮らしているのかと、デトスはいささか不思議に思う。
町に出れば、きっと彼女を必要とする人間が多くいるだろう。小さな家を構えて人と触れ合いながら暮らせばいい。
だがその提案は、不躾に持ち出していいこととも思えなかった。
人には人の事情がある。そのことを行商人である彼はよく知っていたのだ。
少なくともラヴィニアは、彼が外からの珍しい品を持ち込むと、美しい緑の目を細めて喜ぶ。
それは何とも言えないくすぐったさを、まだ若い彼に与えていた。

女はお茶を飲んでしまうと、彼が持ってきた硝子の小瓶を手に取る。
その中には「砂漠の花」と呼ばれる白い石が詰められており、それらは窓から差し込む日の光にきらきらと細かい輝きを返していた。
周辺の町では最近、この砂漠の花を意中の娘に贈るという行為が流行っている。
仕入れてくればあるだけまたたく間に売れてしまう小瓶は、ここのところデトスの懐を温かくしていたが、彼はそのうちの一本をラヴィニアの為に取っておいてあった。
土産物として小瓶を受け取った女は、口元をふっと緩める。
「綺麗なものだな」
「単なる飾り物ですが、珍しいかと思いまして」
「ありがとう」
緑の目が、細やかな光を放つ瓶を愛しげに眺める。
デトスはそうして穏やかな微笑を浮かべる女を、密やかに見つめていた。



不思議な女だった。
優しい女で、だが彼女は孤独だった。孤独を選んでいるのだろうということは次第に分かってきた。
だからデトスは「森を出て一緒に暮らしてくれないか」とは言わなかった。
それを口にしたら最後、彼女は「もうここに来てはいけない」と言っただろう。
そのことを半ば確信していた彼は、別の言葉を口にした。
すなわち―――― 「自分もここに住んでいいか」と。

「は? ここに? 商売はどうする」
「一年のうち半分近くは空けることになるかと思います。稼がねば私には何をすることも出来ませんから」
「そんなことはないと思うが……ではなくて、どうしてここに住むんだ」
何か外で困ったことでもあったのか? とラヴィニアは心配顔になる。
こんな時でも彼を気遣うことばかりの女に、デトスは苦笑した。
「困ったことはありませんよ」
「本当か? 正直に言えばいい。私に出来ることなら何とかしよう」
身を乗り出そうとするラヴィニアに、彼は笑って手を振る。
「いえ、困っていることは本当にないのです。ただあなたともっと同じ時間を過ごしていたいと思っただけです」
あまりにも直接的な言葉は、きっと彼女の態度を硬化させてしまうだろう。
考えながらすれすれのところを口にする彼に、女は不思議そうに首を傾げた。
「それだけか? なら好きにすればいいと思うが……いいのか、それで」
「ええ。いつも迷子になるのも申し訳ありませんし」
「迷子は別にいいんだが」
ラヴィニアはそう言いながら立ち上がると、そわそわと小さな家を見回した。「離れを建てるか、何を揃えなければならないか」と右往左往し始める彼女に、デトスは温かな感情を覚える。



彼ら二人が夫婦となるのは、共に暮らし出してから更に二年後の話だ。
その後のデトスの半生は終始穏やかなもので、それは確かに一人の孤独な魔女の心を救っていった。