こころ

mudan tensai genkin desu -yuki

いい青年だと思った。
外見も整っていて、性格も謙虚で賢明、そして礼儀正しく、何よりも―――― 自分への気持ちがある。
だから、いい相手だと思ったのだ。
いつものお茶の席で、エウドラは幼馴染にそのことを話す。
「どう? 今度はまともな相手でしょう?」
「今度は、とつくあたりが既に不安ですけどね。姫、自分に男見る目がないって自覚がそろそろおありですか?」
「そんな自覚ないわよ!」
男を見る目がないと言われても、家族や幼馴染は大体変な人間だ。
だからこそ、それ以外に知り合った中でまともな男を選んでいるつもりなのだが、イルジェに駄目だしをされたりレーンに妨害を受けたりでいつも散々である。
彼らは揃って「相手が悪い」と言うが、それはエウドラのせいではないだろう。
単に王女という立場の彼女には、余計な野心を持った人間が集まってくると言うだけの話だ。
問題は、エウドラ自身にその野心を見抜く目がないことなのであるが。
「姫は好意を示されると相手を信じてしまいますからね」
「何よ……悪いって言うの?」
「いえ、それは姫の美点だと思いますよ」
にっこりと微笑むシスイの真意は見えない。いつもこの幼馴染は何を考えているのかまったく分からない。
おまけに、美点だと思うなら放っておいて欲しいのだが、イルジェの命令を受けて彼女の求婚者を排除しにかかるのは基本この青年なのだ。
エウドラは何か言い返してやろうとして、だが何も思い浮かばずに黙り込む。
「……邪魔しないでよ」
「ご希望は承っておきます」
「命令を聞きなさいよ!」
「はははは」
「嘘臭い笑いはやめろっての!」
とは言え、シスイ相手にいきり立っても仕方がない。
問題は、相手の人間が兄たちの目をくぐりぬけるか否かなのだから。
エウドラはよい結果が出ることを心から祈る。
当の相手が、シスイに模擬戦で完膚なきまでに叩き伏せられたのは、その一週間後のことだった。



「お前はああああああっ! 何をやっているの!」
「いえ、ちょっと試してやれとの殿下のご命令が」
「襤褸切れになるまでやる意味はあったの!? なめし革みたいになってたじゃない!」
「意外に粘るので、こちらも頑張ってみました」
「手、を、抜きなさい!」
襟元を掴んで揺さぶっても、シスイは笑っているだけである。
これはもう兄に直接抗議するしかないだろう。エウドラはドレスの裾を翻すと扉へと向かう。
その背に、青年の穏かな声がかかった。
「姫」
「何よ」
「姫は好意を示されると、すぐ相手を信じておしまいになりますね」
「自覚はあるわよ。だから何?」
「姫を一番思ってらっしゃるのは、殿下です」
シスイ自身の真意は見えない。だが彼の言うことは―――― 紛れもなく事実だった。
エウドラはぷいと横を向く。
「知ってるわよ」
「ならばよいのですが。では張り切って無駄な抗議をなさってきてください」
「お前は一言多いのよ!」
まったくろくでもない周囲だが、言われなくても分かっていることはある。
兄たちは彼女のことを愛していて、きっとシスイも彼女を大事にしてくれているのだ。
だがそれはそれ、これはこれだ。彼女は感情の自由を許されている。兄たちはそれを守ってくれている。
だからこれも自由だ。エウドラはいつも通りぶつぶつと文句を言いながら執務室へと向かった。
その間に憤りの気持ちが少しずつ萎んでいってしまうのは、彼女がまだ子供だからなのだろう。