目覚めの声

mudan tensai genkin desu -yuki

「この世界って目覚まし時計ないんですかね」
―――― 発端になったのは、彼の妻のそんな疑問だ。

異世界出身の妻である彼女は、よく異文化のことを口にする。その大半はエリクにとって「どうしてそんなものが必要なのか」と感じる意味のわからないものではあるが、それが必要である理由も含めて余所の話を聞くことは面白い。だから今日も彼は彼女に聞き返した。
「目覚まし時計って?」
「時間になると音が鳴って使用者の目を覚まさせてくれる仕掛け時計です」
「へえ。何でそんなものが必要なの? 睡眠実験?」
「そう聞かれると思いましたけどね。世の中には日常的に寝起きの悪い人もいるんですよ」
彼女の補足はなかなかエリクにとって新鮮な情報だった。言われてみれば彼は他人と寝起きした経験がほとんどない。
主な例外は現在食卓を囲んでいる妻だが、彼女は決められた時間の少し前に誰に起こされることもなく起きる人間だ。
今のところ朝食の仕度をする為に彼女はエリクより早く起床しており、それに苦労しているという話も聞かない。
なればこそエリクは想像のつかない事態に興味を持って聞き込んだ。
「日常的に寝起きが悪いってどんな感じなのかな。起きる時間が不定なの?」
「いやもう面倒だから先に言いますけど、私たちみたいに起きようと思った時間に自然に起きられる人間の方が少数派です」
「え?」
「気になるなら統計調査を始めましょう」
中々に新事実を聞いたエリクは、顎に手をかけて考え込む。
「……それは知らなかった」
「エリクは一般的な人間の生活に意外と疎いですからね。でもティナーシャさんとかすっごく寝起き悪いらしいですよ。起こしても起きないって聞いたことがあります」
「青月は魔力が多すぎて普通の体質じゃないんじゃないかな」
「やっぱ統計調査しましょう。魔力量は寝起きに関係ないですから」
言いながら雫は立ち上がると食事の終わった皿を片付け始めた。その途中で白紙に何やら書きつけを取る。大方統計調査申請の為のものだろう。行動力のある妻にその件は任せつつ、エリクは元の問題へと戻った。
「で、時間になると音が鳴る時計だけど」
「あ、そんな話でしたね。そう言えば」
「音がなるだけならあるよ。実験の時に使う」
「あー……。どちらかというとタイマーか……」
納得の声には何故か落胆が混ざっている。エリクはそれを不可解に思って付け足した。
「欲しいのなら作ってみれば? 君の関わった教材に音声を記録して再生するってものがあっただろう。あれと仕掛け時計を組み合わせればいい」
「おお! なるほど! いえ、私は別に必要ないんですけど……」
それでも興味は引かれたらしい。彼女は「録音音声の目覚まし時計かー」と呟きながら洗い物に向かった。
一人になったエリクはテーブルを拭いてしまうと、魔法具の為の構成図を描き出す。

後日完成した試作品は、妻の言う「目覚まし時計」としてはやはり不要であったので、今では単なる「今日の予定再生時計」として使われている。
しかしそれも「紙で伝言すればいいだけ」ということに彼女が気づくまでの話だろう。この家にはそういった試作品があまた仕舞われているのだ。