詩人

mudan tensai genkin desu -yuki

時代の動乱を経て、人の目を避けての旅路。
あてどない日々において、連れである女の顔が広く知られていなかったということは幸運だろう。
公式記録では彼女は、動乱の最中に死んだことになっている。
もし生きていることが広まったなら、戦後の混乱に弾きだされた人間たちが、行きどころのない憎悪を彼女に向け出すかもしれない。
そんなことを考えながら、アージェは街道沿の街に足を踏み入れた。
ここから先、二つに分かれる街道の拠点として、街は旅人や行商人で賑わっている。
何処からどう見ても旅の傭兵であるアージェは、連れの女を気遣って振り返る。
「暑くない?」
「平気」
布で顔を半分隠したレアリアは微笑む。
普段回るような辺境の町であれば顔は隠さないのだが、このような大きな街では万が一のことがないとは限らない。
滅びた国の人間の中には、彼女の顔を知っている生き残りもいるだろう。
今は髪の色が異なるとはいえ注意は必要だ。
アージェは彼女を気遣いながら、ひとまず休憩するために小さなお茶屋に入る。
小さな木造の店内は、ほとんど他に客がいない。アージェは端の方の席を取ると、レアリアに被り布を取るよう指示した。
何だかんだ言ってもやはり暑かったのだろう。レアリアは布を膝の上に置くと、うっすら上気した顔でふっと息をついた。
「大きな街ね。色んな人を見かけたわ」
「旅をしている人間が集まるからな。宿がとれたら一晩休んで、買い出しして出立しよう」
「分かりました」
二人は冷茶を頼んで休憩に入る。
だがその時、店の扉が開いて一人の客が入ってきた。
どことなく線の細い若い男は、店内を見回し―――― レアリアに気づくと目を瞠る。
旅人ではない薄着の青年は、真っ直ぐに彼女の前まで来ると床に膝をついた。
驚くレアリアの手を、青年は取る。
「なんと美しい人だ……!」
「勝手に触んな何だお前」
アージェの投げた紙屑が青年の頭の上で跳ねるが、彼はまったく見向きもしない。
ひたすらに崇拝にも見える目でレアリアを見つめている。
「お初にお目にかかります。わたしは旅の吟遊詩人でして……是非あなたのことを歌にしたい!」
「やめろ迷惑だ」
「あ、あの……それはちょっと……」
一刀両断のアージェと、困惑しているレアリア。
それを見てどう思ったのか、詩人の男は憤慨した様子でアージェを睨む。
「君は彼女の連れの癖に、彼女の価値を何も分かっていないようだな」
「いや分かってるよ」
「天の与えた美貌は、光さえ滲みだしているようではないか! 加えてこの瞳の色! 貴石を清水で輝かせたような……!」
「回りくど。それレアが綺麗って言いたいだけだろ?」
「ア、アージェ」
「運命を宿した眼差し! その透き通る声は湧き出でる天上からの甘美な調べにも似て……」
「お前、詩下手だろ。全然意味わかんない」
「…………」
「レアが可愛いのは当然。はい、終了。いいから帰れ」
床に両手をついてうなだれる詩人と、真っ赤になったまま固まってしまっているレアリア。
二人をよそに、アージェは運ばれてきた冷茶を飲み干す。
こうして今日も、鉄壁の護衛によって彼女の生存情報は外に漏れずに済んだのだ。