類い稀なる天才

mudan tensai genkin desu -yuki

語り部が語りを生み、記録師が記録する。
それは、呪文を生み出す為の旅だ。


エリノア・ラライは、子供の頃から変わった娘だった。
雪の多い北の山村から、口減らしのために下働きに来たのだという。
初めて見た時彼女は、ぼろきれのような服に素足というひどい有様だった。
その足首には黒い糸が巻かれていた。「忌み子だ」と誰かが言った。


「次はキラニフ地方に行ってみようと思う」
地図を見ながら、エリノアはそう言う。
語り部と記録師の旅において、行く先を決めるのはいつも彼女だ。
それは彼女に優れた勘がある、というわけではなく、単に相方である記録師は一切の提案をしないからだ。
今も頷いただけのエンドに納得して、エリノアは食堂の席を立つ。
魔法学府の中にある広い食堂は、時間外れとあって人影もまばらだ。―――― しかしちょうどその時、紺のローブを着た数名の生徒たちが入ってくる。
彼らはエリノアとエンドを見つけて歓声を上げた。
「あ、エリノアがいるエリノア! 儀式に来たのか!」
「記録を納めに来ただけだ。儀式はしてない」
「えー、新しい語りは?」
「これから作りに行くところだ」
生徒たちは、見る間にエリノアの周りを取り囲む。
その様子にエンドは早々に出発を諦めると、椅子に座り直しお茶を飲み始めた。「儀式にかけるものでなくていいから語りを」と請われて、エリノアは話し出す。
彼女の語りに、魔法にしか興味がないはずの学生たちは興味深げに耳を傾けた。


エリノア・ラライは己を持たない語り部だ。
その若さにして、成功儀式は十に届こうとしている。稀有な才能だ。
だがエンドは、その才能が何に起因するものか知っていた。
―――― エリノアは、「語りに主観を含まない」。
ただ過去にあったことを視て、そのままに語るのだ。
本来の語り部が、全てを知ることが叶わず、己の才覚によって空白を補うことを考えれば、それは特殊な能力だろう。
不純なものが混ざらぬ事実。儀式の成功確率が高いのも、きっとその為だ。冷徹な魔法使いたちが彼女の語りに興味を持つのも――――
エンドは子供だった彼女が足首に巻いていた糸を思い出す。


『名前は? なんという?』
『エリノア・ラライ』
『裸足でさむくないのか?』
『さむくない』
『血が出ている』
『出ているな』
『痛くないのか』
『いたくない』
『痛いだろう』
『いたいのかもしれない』


懐かしい記憶だ。
エリノア・ラライは己を持たない。
あの頃、「彼女」を作ったのは彼自身だ。……そして無数の死者たちもまた。


語りを終えたエリノアは、苦笑して学生たちを見回す。
「以上だ。少し足りないが」
「足りないんだ。へー。面白かったけど」
「今度はきちんと調べてくる。―――― エンド、行こう」
「分かった」
記録するだけの男は立ち上がり、語り部に付き従う。
己の名を捨ててまで、彼女にただ添うに至った感情はおそらく一つの贖罪であるのだろう。
人が人を作った、その罪を負って彼は彼女を記録し続ける。
エンドは一歩前を行く彼女の手に、小さな切り傷を見つけて声をかけた。
「その指、痛くないのか、エリノア」
「ああ……気づかなかった。痛いな」
当然のように指に布を巻きつつ、彼女は人間のように歩いていく。
語りを生み出す為の旅に終わりはない。
それだけの旅は、死者たちの記憶を辿りながら永遠に糸を引いて続いていくのだ。