一条の光

mudan tensai genkin desu -yuki

思えば自分と彼とは、決して交わらない二本の線であったような気がする。
共に育った子供時代には横に並ぶこともあった、大人になった時にその距離は開いた。
そして今、二人はまたゆっくりと近づきながら、決して交わらない最後の距離を保っている、気がする。

部屋の中に響き渡る泣き声は、ジウにとっては耳慣れた日常であったが、王には違ったらしい。
セファスは扉を開けるなり秀麗な顔を顰めて、彼女の抱いている子供を見やった。
「なんだ……怪我でもしてるのか?」
「いえ、これが普通です」
「普通な訳がないだろう。病気じゃないのか?」
「これが普通です」
重ねてジウが主張すると、王は心の底から不可解、と言った表情になった。扉は閉めたがその前から近づいてこようとしない。
まるで苦手なものを前に怖気づいているような彼を、寝台に座るジウはじっと見上げた。
赤子だけを注視していたセファスは、遅れてその視線に気づいたらしく咳払いをする。
「用はない。外にまで声が洩れていてうるさいから見に来ただけだ」
「部屋には防音結界が張られております」
「…………」
沈黙してしまった青年に、だがジウは追い討ちをかけるようなことはしない。
成長するにつれ彼女は、幼馴染であった彼の矜持に障らないよう、心がけていったのだ。
昔から、大人の事情を分かっていると思いながら、けれど子供だった彼らは本当には何も分かっていなかったのだろう。
それにもっとも早く気づいたのはイルジェで、その次がジウだった。彼女は自分が臣下にしか過ぎないことを知り、分を弁えるようになった。
そうして守ってきた彼の誇りを、だが粉々に打ち砕いてしまったのが彼の父親だ。ジウは一年前の出来事を思い出し、浅い感慨に浸る。

―――― あの時から何が変わったのか。
ただ少なくとも青年は、それを切っ掛けとしてよくも悪くも子供でいることをやめた。
扉の前から近づいてこない彼に、ジウは腕の中の赤子を軽く上げて見せる。
「抱いてごらんになりますか?」
「……持ち方が分からない」
「両手で落とさないように支えるだけです」
こんな風に、と彼女は示すと、青年が近づいてくるのを待った。
言われたセファスは、迂遠にも思える時間をかけてようやく寝台の前に立つと、じろじろとぐずっている赤子を見る。
手を出そうとしない彼に、ジウは少しだけ抱いている子を差し出してみた。途端セファスは首を横に振る。
「持ち方が分からないと言っているだろう」
「難しくはありませんので」
「いい。落とすからいい」
そう言いながら青年はしばらく躊躇っていたが、やがて右手だけをそっと伸ばしてきた。柔らかい赤子の頭に触れる。
手袋を嵌めた指の間を、糸に似た髪がすり抜けていく。その様を、ジウは黙って見守った。

決して交わらない二本の線であった彼らは、今また少しだけ近づいてきている。
そしてけれど、埋まらない隙間を抱えたまま続いていくのだろう。いつか何もかもが埋められると考える程、ジウは感情的な人間ではなかった。分を過ぎた期待を持つような性格でもない。ただ己の役目を確りと果たすだけだ。
だがそれでも、並んで続く二本の間に何かあるのだとしたら――――

「本当に病気や怪我ではないんだな?」
「本当です。これが普通です」

それは今、自分が抱いている光のようなものなのかもしれない。
ジウはふっと微笑むと、我が子を抱きなおす。そんな彼女を青年は気まずそうに見下ろすと、踵を返した。
「問題がないようならいい。何かあったら言いなさい」
「はい」
一度だけ迷うように振り返った王は、けれど何も言わず手も出さぬまま扉の外に消えた。
いつの間にか眠っている我が子を、ジウは見つめる。
―――― こうして重ねていくものなのだろう。
それを不安だとは思わない。彼女は赤子を寝台に戻すと、隣に並んで目を閉じる。
脈々と継がれていく血の先に何があろうとも、今はここにいる自分たちが全てだった。