ならず者

mudan tensai genkin desu -yuki

「何か面白いことはないだろうか」
王太子のそんな言葉が聞こえた瞬間、場に緊張が漂ったのは気のせいではないだろう。
城の中庭にある訓練場で、練習用の剣を鞘に戻したセファスは、ぐるりと周囲を見回した。
ほとんどの人間が反射的に目を逸らす中、一人彼を見返したジウは頷く。
「では殿下、遊戯盤をお持ちしましょう」
「そうではなくて、何かもっと別の――」
「お勧めの本がございます」
「体を動かす感じで……」
「訓練を再開なさいますか?」
「城の外とか」
「駄目です」
「…………」
「駄目です」
間髪いれずの返答に、セファスは無言になる。
彼と、幼馴染の少女のやりとりは、いつもこのようなものだ。
周囲の兵士が関わりあいになりたくないと散っていく中、ジウはセファスから練習用の剣を受け取った。
「思いつきで外出なさろうとしないでください。立場を弁えてくださいと、いつも申し上げているはずですが」
「すぐに戻ってこられる。精霊の転移ですぐだ」
「駄目です」
「…………」
秀麗な顔が苦いものに変わる。
そのまま何を言おうか黙ってしまったセファスを、ジウはじっと見つめた。
数秒の空白。彼が何か言うより早く、けれどジウは眉を和らげる。
「ただ―――― 正直に話して頂けるなら、考えなくもありませんが」
何もかも見透かすような、知性のある瞳。
その双眸で問われたセファスは目を瞠る。
彼は、ややあって溜息をつくと両手を軽く上げた。
「君には敵わないよ、ジウ」

昨日、王太子であるセファスのところに一通の嘆願書が舞いこんだのだという。
それは遠い国境近くの小さな村からのもので、ならず者たちがやってきて無法を働くという訴えだった。
悪事も度が過ぎれば憲兵に訴えることもできるが、相手はそれを分かっていて狡猾に立ち回っているらしい。
大人たちが困り果てた様子を見て、ついに村に住む子供が筆を取り、嘆願に至ったのだ。

「王子様へ、って宛名だったからね。よく届いたよ、まったく」
「その宛名だったからこそ、握りつぶされずに殿下のもとに届いたのでしょう」
転移門を出て近づいてくる村を見ながら、ジウは素直な感想を返す。
歎願書が子供の手によるものでなかったら、城に届く前に処分された可能性は大きい。
これは不幸中の幸いだ。ならず者にとっての不幸は、この国の王族が一筋縄ではいかない性格だということだろう。
セファスは、はた目からでも分かる村の緊張した空気に顔を顰めた。
ちょうど通りの先、道の中央を我が物顔に歩いている四人の若い男が見える。辺りを物色しているようなその態度に、セファスは酷薄な笑みを浮かべた。
「早く帰れそうだよ、ジウ。君に怒られなくて済む」
「城を抜け出した以上、誰かには怒られるでしょう。勿論私もですが」
「なら、その憂さは今晴らそう」
唐突に、セファスは走りだす。
迷いのないその動きに、ジウは一拍遅れて続いた。
近くの家の扉を乱暴に蹴り開け、中に入ろうとしていた男が、気配に気づいて顔を上げる。
「なんだ、お前―――― 」
訝しげな顔と問い。
だがそれ以上を言う前に、男の体は宙に舞った。

強者として育てられた王族と、恫喝だけが武器だったならず者。
その力の差は、単純に歴然だった。
まったく自分が手を出すまでもなく事が片付いて、ジウは内心胸を撫で下ろす。
村人たちの感謝を浴びるほど受けた二人は、城に戻ると報告書を作り始めた。
ペンを手に、セファスが何かに気づいたように顔を上げる。
「そう言えば、ジウ。どうして僕に外出したい理由があると分かったんだい?」
「あの時、殿下は困ったような顔をなさいましたから。本当に退屈なだけでしたら、殿下はああいう顔はなさいません」
「なるほど。次は気をつけるよ」
「次は最初から正直に仰ってください」