お忍び

mudan tensai genkin desu -yuki

「何処か遊びに行くか、ティナーシャ」
朝からずっと執務机に向かっていた契約者が突然そう言い出した時、ティナーシャは宙に浮いたまま本を読んでいる最中だった。
彼女は本から顔を上げぬまま返す。
「寝言言ってないで仕事なさい」
「仕事はしてる」
「続けなさい」
そっけなく言う魔女に反論は返ってこない。
話は終わったと思っていた彼女は、けれど急に足を引っ張られてぎょっとした。
いつの間に真下に来ていたのか、オスカーが彼女の体を引き寄せて腕の中に収める。
「よし、行くか」
「ちょっ……」
「じゃあ、これを持て」
そう言って押し付けられたものは鞘に入ったアカーシアだ。
反射的に受け取ってしまったティナーシャは唖然としたが、剣ごと抱きしめられて手放すことが出来ない。
アカーシアに触れているから魔法も使えない、という状態のまま彼女は、あっさりと男によって運ばれていく。
「こら……って! 戻れ! 帰れ! 馬鹿!」
「ちょっとだけだから大丈夫だろう。気晴らしだ気晴らし」
「どういう王だ!」
叫んではみるものの、執務室は遠のく一方だ。
そうして城から持ち出された魔女は十数分後、契約者と並んで城都を行く羽目になった。

ファルサスの城都は大きく賑やかだが、場所によってその景色も異なってくる。
人に見咎められぬよう狭い裏通りを行く二人は、男の方は上機嫌であったが、連れられている女は不機嫌そうに美しい顔を顰めていた。
魔女の手を引くオスカーは、角の先にある小さな服屋を指さす。
「ティナーシャ、買い物しよう」
「勝手に買いなさい。買ったら帰りますからね!」
「よし、分かった」
店の外で待っていようと思ったティナーシャは、しかし立ち止まる間もなく店の中に押し込まれた。
異国の服がところせましと吊るされ、香の匂いが立ち込める狭い店内で、オスカーは楽しそうに服を選び始める。
「って、服って私のか!」
「当たり前だろう。俺のを選んでも面白くない」
「要らないよ! 間に合ってるよ!」
「俺が着せたいだけだから気にするな」
何を考えているのか分からない契約者は、どんどんと服を選び出していく。
店から出ようにも彼が邪魔で出られないティナーシャは「まずこれ着てみろ」と黒い薄布の服を手渡され沈黙した。白い目で男を見上げる。
「……何なんですか、もう」
「似合うから着てみろ。見たいし」
くしゃくしゃと頭を撫でてくる手に、魔女は唇を曲げる。
押しの強い男に、結局彼女はそれ以上の反論を諦めると、大人しく試着することにした。
服を選び続ける彼から離れて店の奥に張られた布の向こうを借りる。
「まったく……仕方ない人ですね」
普段不平や愚痴をほとんど言わない男にとって、これは多忙な毎日におけるちょっとした息抜きなのだろう。
彼がどれだけ日々国の為に己の神経を裂いているか、ティナーシャはよく知っている。
知っているからこそたまには、付き合ってもいいかと思った。



「そんなに買ってどうするんですか、もう」
散々着せ替えをさせられての帰り道、山程服の詰められた袋を横目にティナーシャは溜息をついた。
上機嫌の男は「お前が着るに決まってる」と当然のように返す。
「もらったから着ますけどね……。私、愛玩動物じゃないですよ」
「当たり前だ。動物より可愛いぞ」
「着せ替え人形でもないですよ」
「人形より脱がす楽しみがある」
「誰が脱がされるか!」
隣を行く男を蹴ろうとすると、オスカーは笑いながらひょいと避ける。
飽きることなくじゃれあいながら帰った二人はそうして、城の門兵に驚きの目を向けられたのだった。
後でラザルに「抜け出す時は事前報告お願いします」と泣かれた。