古めかしい絵本

mudan tensai genkin desu -yuki

人里離れた森の中にある逸脱者の屋敷。
その食堂のテーブルに、見覚えのない薄い絵本は置かれていた。
あちこちがくたびれて変色している本は、劣化防止がかけられていなかったのだろうが、今はかすかに魔力の気配が感じられる。
オスカーは、妻が置いたのであろうそれを手に取った。題名に目を通して苦笑する。
「なんだ、この話か」
「なんだってなんですか」
呆れたような声に振り返ると、掃除中らしく髪をあげたティナーシャが立っている。
オスカーは彼女に絵本を示した。
「これのことだ。面白かったか?」
「……ああ、それですか」
古い絵本が描いているのは、王と魔女の昔話だ。
自分たちの話を元にして書かれた本を、オスカーは手元で捲り始める。最初のページには、実物よりも淡い青の塔が描かれていた。
ティナーシャが嫌な顔になる。
「いちいち読まないで下さいよ」
「買ってきたのはお前だろう」
「見つける度に買い集めて、大陸中からこの話をなくそうと思っているんです」
「何考えてるんだお前」
時折思考の読めないところがある彼女だが、まさかそんなことを考えていたとは思ってもみなかった。
いくらかなりの年月が経っているとは言え、オスカーはファルサス史上屈指の王だ。その彼と妃である魔女の話は、既に広く人口に膾炙している。絵本の一冊や二冊で変わりようがない。
だがそのことを指摘するとティナーシャは、「地道な行動が将来実を結ぶんですよ」と嘯いた。
ティナーシャは指を弾くと、夫の手元から絵本を自分の手に転移させる。
絵本の表紙では黒髪の少女として描かれている女は、薄いそれを胸の前に抱き込んだ。
「歴史書なんかで好き放題書かれるのも腹立ちますけどね。子供向けの話に美化されるのも落ち着かないです」
「単なるお伽噺だ。他人の話と変わらんだろう」
「そうなんですけど」
不満げながら、ティナーシャは絵本を部屋の隅の本棚に押し込む。
オスカーが気づいていなかっただけで、その段には既に二十冊近い絵本がしまわれていた。
それら全てが同じ話なのか、オスカーは疑問に思ったが、今聞いてもティナーシャに嫌がられるだけだろう。後でこっそり確かめてみようと彼は心に決める。
そのまま出て行こうとする妻に、オスカーは一つだけ聞いた。
「ああいうのは、どんな場面で終わるんだ?」
「さぁ。大抵が結婚式みたいですけど」
「その後の揉め事は歴史に残っていないわけか」
「歴史には残ってますよ。でもどろどろですからね。正直絵本にはしづらい……」
「耳が痛くなるから、真面目な顔で言わないでくれ」
オスカーがそう言うと、魔女は初めて声を上げて笑った。楽しそうにくすくすと笑う彼女に、かつて花嫁衣装を着ていた彼女の姿が甦る。
懐かしい聖堂の光景を思い出し、オスカーは嘆息を飲み込んだ。
「また婚礼衣裳を着せてみたいな」
「じゃあ次に生まれたら。娶って下さい」
少女のように微笑むティナーシャは、それだけを言い残すと部屋から出て行く。
一人になったオスカーは、本棚に歩み寄ると絵本の一冊を抜いてみた。その最後のページを開く。
描かれているものは、王剣を持つ王と、彼の前に跪く白い衣裳の魔女だ。添えられた一文をオスカーは読み上げる。
「そうして二人は、いつまでも幸せに―――― 」
永遠の愛情を謳うお伽噺。
真実そのもので、そして事実から遠い終わりに、かつての王は苦笑して絵本を閉じた。
同じで、だが少しずつ異なる絵本はこれからも増えていくのだろう。
古びたページを捲る魔女の指を想像して笑むと、彼は苦い幸福を胸に、そっと本を棚へと戻した。