焼け野が原

mudan tensai genkin desu -yuki

見渡す限り続く黒い地面。鼻につく異臭は、昨日までの戦火によるものだ。
三ヵ国の軍がぶつかり、一つの国が滅びたという戦い。その最後に戦場を焼き尽くした火は、魔法によるものだったという。
黒焦げの死体が点々と転がる中、地面より少し上を歩いていく女は、不意に顔を顰める。一歩後ろを行く連れの男に吐き捨てた。
「臭いが染み付きそう」
「転移なさいますか、レオノーラ様」
赤い髪の剣士は極めて慇懃に窺ってきたが、女はすげなくかぶりを振った。
「座標が安定しないわ。無理に飛ぶと面倒なところに出そうだし」
「ああ、東ではまだ兵たちが残党を狩っているようで」
「馬鹿馬鹿しい。何が楽しいのかしら」
苛立ちの香る言葉は、レオノーラの本音だ。
戦争とはいわば祭りのようなものであって、そこに至るまでの過程が楽しいのだ。
終わった後の始末など退屈で、好き好んでやる人間の気が知れない。
レオノーラは焦げた死体のすぐ上を歩きながら、虚ろな眼窩を一瞥した。今回の戦争の勝国について、ふと思い出す。
「そういえばエザースは、王が変わったばかりだったそうね」
「はい。先代の遠縁にあたる男だとか」
「簒奪?」
艶やかな唇を皮肉に歪めてそう問うたのは、件の男についての評判を、レオノーラも軽く聞いていたからだ。
なんでも愛人である女がかなりの切れ者で、男を使嗾して王位を取らせたという話らしい。
今回の戦争も彼女の意思が多分に噛んでいるというのは、極めて事実に近い噂であった。
風に髪を取られながら、レオノーラは黒い草原を見回す。
生ある者の気配がない場所。死の臭いが鼻をつく景色は、けれど彼女にとって見慣れたものだ。
見慣れすぎて、飽きてしまった。少なくともまだ大人になりきっていない少年の焦げた死体は、彼女の目にひどくつまらないものとして映った。
レオノーラはふっと短く息を洩らす。
「―――― その女と私、どちらが上かしらね」
聞こえるか聞こえないかの述懐。
しかし赤い髪の男は、当然のように頭を垂れる。
「レオノーラ様に敵う者など、一人も」
魔女はそれを聞いて、愉悦に満ちた微笑を浮かべた。






死の臭いなど、慣れ親しんで退屈なものだ。
人はどうしようもない程に死ぬ。貧しく弱いものから、そして強者であっても次の日には。
だからどうせなら、生きることを諦めている人間よりも、死を受け入れられない人間の死に様が見たい。
弱者を踏みつけて愉しんでいた人間が、無残な姿を曝して踏み砕かれていく―――― そんな様が、レオノーラにとっては美酒に等しい娯楽となるのだ。
豪奢な革張りの椅子に足を組んで座る魔女は、目の前に転がる塊を見下ろした。
薄汚れて異臭のするそれは、よく見ると小刻みに震えている。すすり泣く微かな声は女のもので、だがその髪は、鋏で無残に短く刈り込まれていた。
傷だらけの素足。痩せこけた体に襤褸布だけを巻いた女を、レオノーラは愛しげに見つめる。
「今、どのような気持ち?」
蹲っている女の体が、びくりと震えた。すすり泣きが一瞬だけ止まる。
だが、待ってはみたものの答は一向に返ってこない。気紛れで声をかけただけのレオノーラは、たちまち興味を失くすと背もたれに体を預けた。
椅子の後ろに立っていた男が、おもねる目で彼女を見つめる。
「もういいのか? レオノーラ」
「ええ。処分して頂戴」
若き王へと向けた媚態は、けれど揺るぎようもない強者の香りが漂っている。
死の宣告を受けて絶叫し出す女から顔を背けると、レオノーラは壁際に立つ剣士に微笑んだ。赤い髪の男は無言で頭を下げる。
―――― 次はこの城を焼け野にしようと、思った。