始末人

mudan tensai genkin desu -yuki

「金が支払えないなら仕事はしない」と言い切った青年に対し、十代も半ば過ぎの少年は苛立ちの目になった。固く拳を握って言い募る。
「でもあいつら本当に―――― 」
「知らない。興味ない。傭兵は慈善家じゃないんだ。善意で人の事情に首を突っ込むことはしない」
「アージェ……」
隣の女が窘めるような声を青年にかける。
しかし青年は、彼としては非常に珍しいことにその声を黙殺した。
話にならないと悟ったのか、少年は近くにあった椅子の足を蹴って食堂から出ていく。
夕食にはまだ大分早い時間、小さな町の食堂には旅人である彼ら二人しかいなかった。
お茶を飲んでいたレアが、怪訝そうな目を連れの青年へ向ける。
「助けてあげないの?」
「俺は傭兵だし」
端的にそうとだけ答えたアージェは、けれど女の強い視線に肩を竦めて言い直した。
「あいつ、もう十六、七だろ。困った時に誰かが何とかしてくれるなんて思ってたら、大人になってもずっとそのまんまだ」
「ああ……」
レアは、複雑に絡み合った感情を滲ませて恋人を見やる。
その反応から察するに、声の自嘲は消したつもりで消えていなかったらしい。アージェは冷めかけたお茶を手に、己の過去を振り返った。
自らの運命を足掻き、だが大人たちに頼って生きていた少年時代。
その代償に失われたものと辿ってきた道程は、いつでも彼に幾許かの感慨を抱かせるのだ。

冷えていくお茶に似た無言の時間は、レアの白い手によって拭われた。彼女は穏やかに微笑んで、アージェの前髪を手でかきあげる。
「―――― 助けてあげないの?」
「助けるよ。本人に分からないように」
髪を梳いていく女の手を掴んで指を絡めると、レアは嬉しそうに笑った。



ろくに話を聞かなかったにもかかわらず、アージェが大体の事情を把握出来たのは、単にそれが、何処にでもよくある話だったからだ。
職人である少年の父親が病に倒れたのを機に、その工房を暴力で脅して奪い取ろうとする輩がいるという話。身に覚えのない証文もあるそうだが、どうせ偽造されたものだろう。
アージェは酒場の三階の窓から、通りの向かいにある工房を見下ろす。
扉などの位置関係を目算する青年に、彼をここまで案内してきた酒場の娘が笑いかけた。
「どう? ここでいい?」
「ああ。助かる」
「ねえ、今度は何のお仕事なの?」
「仕事じゃない。趣味」
―――― 短剣の投擲は苦手ではないが、そう精度に自信があるわけでもない。
この距離なら宿から弓を取ってきて、調整した方がいいだろうか。
そんなことを考えながら話半分に返事をしていたアージェは、服の裾を引かれて振り返った。少女が熱のこもった眼差しで彼を見上げている。
「まだこの町にいるんでしょう?」
「あー」
「アージェ」
氷の張った湖を思わせる声は、部屋の入り口から聞こえた。アージェは顔を上げて連れの姿を見とめる。
レアは完璧な微笑で二人を眺めた。
「何の話をしていたの?」
「この人、誰?」
二人から同時に質問されたアージェは、どちらから返答するべきか顎を掻いた。結論としてレアを優先することにする。
「趣味の話をしてた。で―――― 」
彼は少女に視線を戻す。
「あの人は俺の奥さん」
「……は?」
内実を分かりやすく答えると、部屋には微妙な静寂が生まれた。



酒場の少女が何故怒って出ていったかは分からないが、レアが弓を持ってきてくれていた為、二度手間にならずに済んだ。
少しずつ深くなっていく夕闇の中、アージェは調整した弦を確認する。
「いけそうだな。レア、例の薬出してくれ」
「例の薬って?」
「こないだ失敗して変なの作ってただろ。笑いが止まらなくなるやつ」
「ああ……」
言われてレアは、懐から小さな布袋を取り出した。中には細い硝子瓶がいくつもしまわれており、彼女はそのうちの一本をアージェに手渡す。
青年は透明な魔法薬を、布切れを使って鏃に塗っていった。
「こういうのって、普通に殺す方が楽だよな」
「そうかもしれないけど」
―――― 本当は、大人が全部自分でやってしまった方が楽なのだ。
けれどそれを知りながら先達者は、時に若い人間へと経験を積ませる。
今となっては温かくほろ苦い記憶。アージェは微苦笑して立ち上がると、罵声の聞こえ出した通りを見下ろす。工房の前でもみ合っている数人を見ながら、青年は片目を細めて弓を構えた。


―――― 面倒ではあるが大した手間でもない。
だからこれは、きっと自分にとって単なる趣味だろう。