帰郷

mudan tensai genkin desu -yuki

里帰り、とはいつするものなのだろうか。
かつての彼女であれば、それを「長期休暇にするもの」と思っていたかもしれないが、今は「魔女が訪ねてきた時」だ。
ふらっと現れて雫を元の世界に連れて行ってくれる魔女は、どうやらその間、異世界を観光することを密かな楽しみにしているらしい。貴金属を換金し終わり、ホテルを確保した彼女に雫はかねてから考えていたことを切り出した。
「今回は何処にいらっしゃるんですか?」
「ぐらんどきゃにおんに行ってみようと思います」
「無理ですそれ」
いくら転移が使える彼女でも、行ったことのない場所であの距離ではまず不可能だ。「ええ!?」と驚くティナーシャに、雫は自分と―――― 妹が観光案内することを申し出る。
「妹さん? でも私、お邪魔じゃないですか?」
「それが、うちの妹が話してみたいって前から言ってまして」
「わあ」
不躾な申し出かとも危惧していたのだが、ティナーシャは「そういうことなら」と喜んだ。
結果として一時間後、三人は巨大ガンダムの前に立っていた。

「すごい! こっちの世界ではこういうのいっぱいいるんですか!」
「いません。飾り物です」
興奮するティナーシャに、雫は冷静に注を入れる。
隣では澪が「あらかじめ連絡してくれればよかったのに……」とぶつぶつ言っているが、この場所を選んだのは彼女だ。雫もここに来るまで巨大ガンダムがそびえ立っているとは知らなかった。
喜んでいるらしい魔女が、ガンダムの周りをぐるぐる歩き始めると、彼女は妹に聞く。
「で、どうしてここに」
「んー、いや、近いし。あと一緒に買い物とかしてみたかったし。現代文明っぽい方が珍しがられるでしょ?」
「そうかも」
いわゆる「ファンタジーの住人」である魔女は、高層建築や前衛的なデザインの建築を見て回るのが好きらしい。
ショッピングセンターにもよく引き寄せられており、今もガンダムが置かれている建物をちらちらと眺めていた。
子供のようなはしゃぎぷりに澪がそっと姉を窺う。
「異世界の人って、みんなあんな感じ?」
「どうだろう。あの人も、向こうの世界じゃ結構怖い人なんだよ……」
ただし、今の状態を見るだに、確かにラルスと血が繋がっているという気はする。
本人に言ったらすごく嫌がられるだろうから黙っていよう、と雫は思った。
ガンダムの周りを五周してティナーシャが戻って来ると、澪は背後のショッピングセンターを指さす。
「よし、じゃあ行きましょうか」
「いきますー!」
魔女と妹が跳ねるようにして店の中に入っていくのを、雫は笑いながら追いかけていった。

二つの世界のうち、異世界で暮らすことを選んだのは自分自身だ。
そして今、二つの世界それぞれの住人が共にいるのを見ると、自分はやはり異世界よりの人間だと思う。
澪に勧められた服を苦労して試着している魔女は、雫には見えないがおそらく周囲に魔法結界を張っている。
それは見知らぬ世界にいる以上当然の用心で―――― 雫もまた、周囲に行きかう人間を無意識のうちに把握している自分に気づいていた。
手すりごしに階下のフロアを見渡していた雫に、紙袋を提げた魔女が近づいてくる。
「疲れましたか? ヴィヴィアさん」
「あ、大丈夫です。全然平気。すみません」
「結界張ってあるから、用心しなくても大丈夫ですよ。私がいる以上何もないです」
「…………」
気づかれていたのかと、驚いて魔女を見ると、彼女は穏やかに笑っている。

今この場で、妹よりも自分に近い世界を見ているのが彼女だ。
何時の間にかそうなった。そうなることを選んだ。
―――― だからこんなにも今、この世界が愛おしい。

雫は目を閉じると微笑む。
「すみません、気を使ってもらっちゃって」
「当然のことですよ。―――― それより、あれ、やりませんか?」
「……無理です。あれアーケードの音ゲーですよね。無理です。澪に言ってみてください」
「みおさん、あれやりたいです!」
「いいですよ。どれにします?」
ぱたぱたとゲーセンへ向かう二人を見送って、雫は笑いながら天井を見上げる。
遠くに見える剥き出しの梁が、ひどく美しかった。