看病

mudan tensai genkin desu -yuki

何を考えているのか分からない腹黒王太子、と言われるセファスは、その性格以外欠点がないことでもまたよく知られている。
父親に似た端正な顔立ち、剣も魔法も抜きん出た腕を持ち、頭と口は無駄に回る。
彼が王になった暁には、ファルサスは更なる安泰を保証されるだろうし、臣下の気苦労もまた保証される。
ファルサス国王の代替わりは基本的に、王太子が二十歳を越えてまもなく行われる為、宮仕えの面々は近い未来に内心戦々恐々となっていた。
そんなセファスをやりこめられる人間は今のところ、彼の両親とすぐ下の弟、そして王族の教育係である女とその娘くらいだ。もっともセファスは彼らに口出しさせない状況を作ることにも長けている。結果として痛い目を見たい、と彼自身が望まなければ、そのような機会は回ってこなかった。
―――― だからこのように、彼が風邪を引いて寝込んでいるなどという事態は、ある意味絶好の機会なのかもしれない。

「……不味ったな」
「何が不味かったかお分かりなのですか?」
枕元からかけられる平坦な声に、セファスは朦朧とする意識で答えた。
「濡れた体を乾かさなかったことかな。そのまま空を飛んだのも不味かったか」
「いえ、もっと以前からです。まず城を抜け出されたこと、その後他国にお行きになったこと、更に海賊に襲い掛かりになられたことです」
「襲い掛かったって大げさな……。こっちはたった二人だろう。むしろ襲われに行ったというか」
「力量差で話をしています」
「大体城を抜け出したのが悪いって、それ論点のすり替えだと思うけどね……」
「いえ、むしろ結論です。諸悪の根源です」
きっぱりと言い切ったジウは、よく絞った布でセファスの額の汗を拭った。ひんやりとした感触に、彼は深い息を吐く。
解熱の魔法薬は飲んでいるのだが、全身の倦怠感を拭うにはやはりこういった直接的な手段に頼らなければならない。
とは言え、それを幼馴染の少女が担うのならば、むしろ得したと言いたいくらいだった。
熱っぽく頭痛がするのを大きな息と共に追い出そうとしながら、彼は微笑む。
「……たまには風邪もいいかもね」
「そう仰ると思って、殿下の看病をしてくださる方をお呼びしております」
「は?」
なんだそれは初耳だ、というかジウがこのように言うのだから嫌な予感しかしない。
事情を聞いて留めようとするセファスをよそに、彼女はさっさと部屋を出て行ってしまう。数分後、その人間を連れて戻ってきた。
セファスは部屋の扉をくぐってきた人物を見て、一瞬絶句する。
「…………エウドラ」
「セファスが風邪引いたっていうから。看病に来たわ」
「それは……嬉しいよ……」
可愛がってやまない隣国の妹に、セファスは力なく微笑んだ。 彼をやりこめることなどしないが、何も知らないがゆえに兄たちを苦境に突き落とすことも多々ある末妹。セファスは上手く回らない頭でその対策を考え始める。
一方エウドラはやる気を漲らせて彼の枕元に立った。
「まず頭を冷やせばいいの?」
「そうだけどね、エウドラ、どうして水盆を持ち上げてるんだい」
「セファスにかけようと思って」
「それはちょっと違うかな。まず水盆を元の場所に置くんだ」
「どうやって冷やすの? 魔法?」
「魔法という手段もあるかもしれないけど、まずは構成を見せてくれないか?」
妹の機嫌を損ねないようにしつつ、自分を守ろうと試みるセファスはジウの姿を探したが、彼女は既に部屋の中にはいない。
おそらくこれは、城を抜け出した彼に対する少女の罰なのだ。それが予想外の手段で返って来たことに、仰向けのセファスは更に天を仰ぎたくなった。
エウドラが冷凍構成を作って見せてくる。
「これでいい? 皮膚だけを凍らせればいいの?」
「うん。構成自体の出来はいいけど、看病用じゃないかな」
「じゃあこうしてみたら?」
「魔法から一度離れよう、エウドラ」
下がらない熱に加えて、冷や汗が背中を濡らし始める。
いつもの三分の一程しか回らない頭を抱えたセファスは、その後体力が尽きるまで大事な妹と一進一退の攻防を繰り広げたのだった。
後でエウドラを迎えに来たイルジェに「自重しろ」と釘を刺された。