勇ましい貴人

mudan tensai genkin desu -yuki

―――― おかしな依頼を受けてしまった。
それがアージェの抱いた第一の感想で、実際彼は周囲の村人たちと違って絶望にうちひしがれてはいなかった。
数日前に村に届けられた「予告状」とやらを、青年は二度読み返す。
「へー。謎の盗賊団が村の石像を破壊しに来ると」
「そうなのです……。私どもとしてはどうしてこのようなことになっているのか、困り果てておりまして」
「盗賊団なのに破壊するっておかしくないか? 破壊団とかにした方がいいと思う」
「アージェ、それは今どうでもいいから」
連れである女に釘を刺されて、アージェは仕方なく沈黙する。
大陸中を点々と回る旅の途中、立ち寄った村にて人々から懇願を受けた彼は、すぐ傍に建っている石像を見上げた。
村奥の広場に立っている石像は、何処にでもあるような灰色の石材を無骨に削り作られたものだ。
お世辞にもいい出来とは言えない、芋のような顔の男は何を意味しているのか。
アージェは、小脇に切り株を抱えた像をしみじみと眺める。
「これ、別に壊されてもよくないか?」
「とんでもない! この石像は初代村長の勇ましさを残したもので、無法者に壊されるなどとても……」
「じゃあ先にこっちで壊しとくとか」
「アージェ」
レアの声は、先程よりも低くなっていた。
この辺りが潮時かもしれない。アージェは代表者である村人へと向き直る。
「で、何をすればいいわけ」
「盗賊団のアジトは分かっています。そこへ出向いて彼らを捕らえて頂きたい」
真剣にそう訴える壮年の男は、今にも溜息をつきたそうな憔悴しきった顔だった。
アージェは少し考えて―――― 率直に返す。
「殺していいんだよな?」
「駄目です」
「……」
―――― 何だか面倒くさい。
そうは思ったが、レアの手前口にすることは出来なかった。

「んじゃ、俺は敵捕まえに行ってくるから。石像はよろしく。それ以上に自分の身を守れよ」
「うん。気をつけてね」
石像の前に立って、レアは手を振る。問題のアジトが近くの森の中にあると聞いて、アージェが村に居残るよう指示したのだ。
今は魔法士である彼女は、防御や治癒の力には優れているのだが、本人の行動はいまいちとろい。森の中など歩かせたら躓いて転ぶこと請け合いだろうし、服が汚れて破れて、更には虫に刺されたりもするかもしれない。
そのような目に彼女を遭わせたくないアージェは、あえて今回は別行動を選んだ。彼はレアに預けた皮袋を指さす。
「もし、なんか厄介なことになったら最終手段でそれ開けて」
「え? 何が入ってるの?」
「開ければ分かるから」
そう言い残して、アージェは村を後にすると案内の人間と共に問題の森へと入っていった。
代表者として青年への説明から請負っていた壮年の男は、何度も溜息をつきながら獣道を進んでいく。
その様子が鬱陶しく、アージェは前も後ろも鬱蒼とした木々しか見えなくなると、ようやく口を開いた。
「あのさ、何でそんなに嫌そうなわけ。俺一人でも負けないと思うけど」
「あ、いえ、そうではないのです……」
「じゃあ何だよ」
重ねて問うと、男は言いにくそうに口ごもった。
だがしばらくして決心がついたのか、ぽつぽつと理由を話し始める。苦々しい声が湿った草の上に落ちた。
「実は問題の盗賊団には、私どもの村の人間が混ざっていまして……」
「は? 何だそりゃ」
「お恥ずかしい話で言いにくいのですが、具体的には私の息子が首領でして……」
「いや、言えよ」
「あいつは昔っから悪さ三昧ばかりして、どうしてか村を飛び出して……」
「ってか、今の状況不味くないか?」
―――― 敵に村の人間が混ざっているのなら、今の動きも割れている可能性がある。
土地勘さえあれば、気づかれずにアージェたちの様子を探ることも出来たはずだ。
突然立ち止まった傭兵の青年に、男は不安げな顔で振り返った。
「もしかして、怒りましたか……」
「怒るっていうか、これ一度戻った方が」
そう言って村の方角へとアージェが足を向けかけた時、遠くから聞こえてきたものは爆発音と複数の悲鳴だった。



石像の周りは、すぐには理解しがたい光景が展開されていた。
案内役の男があんぐりと口を開けて硬直する。
その場にいる他の村人たちも似たり寄ったりの状況で、ただアージェは半分ぐらいは原因を理解していた。
石像の台座に寄りかかっている据わった目の女に、軽く手を振ってみる。
「おーい、レア」
「何?」
返ってきた声音は氷塊に棘を突き刺したかのようだ。口元だけに薄い笑みを湛えている彼女の前には、のびている男たちが数人おり、更にそのうちレアの目の前にいる一人は這い蹲りながらも笑っている。若い男の顔は、何処かで見たような芋そっくりの顔だった。
「と、とうとうあの石像を壊したぞ! これで俺の嫌な思い出が……」
「黙りなさい」
小さな足が容赦なく男の頭を踏む。「ぐえ」という断末魔が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
アージェは改めて、上半身がなくなっている石像を見た。
「よし、依頼失敗」
「ちょ……どうしてくれるんです!」
「前金は返す。後は親子で話し合ってくれ」
「あの、像を砕いたのは、あの女の人なんですけど……」
「…………」
横から別の村人に恐る恐る口を挟まれ、アージェは沈黙した。レアの足下に転がっている空の酒瓶に頭痛を覚える。
「最終手段って言ったはずなんだけどな」
どういう展開があってこうなったのか分からないが、ダニエ・カーラを上回る危険人物を放置は出来ない。
アージェは剣を意識しながら、レアに向かって慎重に距離を詰めた。男の頭を踏んでいた彼女は、アージェに気づいて警戒姿勢になる。
「何よ」
「とりあえず宿に帰って休みましょう」
「イヤ」
毛を逆立てて唸りださんばかりの彼女は、迂闊に手を出したら噛み付いてきそうだ。
アージェは一計を案じて懐から小さな陶器のメダルを取り出す。先日露店で見つけて買っておいたそれは、表面に仔犬の絵が描かれていた。
青年は絵がよく見えるように、レアへとメダルを示す。
「はい、これを見てください」
「わんこ」
「そうです。可愛いですね」
頷くと同時に、アージェはメダルを指で空へと弾いた。レアの視線がそれを追った隙に、彼女の首へと手を伸ばす。
さほど力は入れない。だが血管を押さえられた女は、何も反応出来ぬままアージェの腕の中へと崩れ落ちた。
細い体を抱き上げて、青年は周囲の混沌を見回す。レアに踏まれていた男のつぶらな眼がアージェを見上げた。
「し、試合に負けて勝負に勝った……」
「よかったな。じゃ、石像は作り直しってことで」
「折角壊れたのに!?」
「ってか、めちゃくちゃ似てたから、お前の顔型取ってそれを元に作るってことでいいんじゃないか?」
「あんたら無茶苦茶だろ!」

色々周囲は大混乱だが、レアを抱えている以上付き合ってはいられない。
「文句は後で」と宿に帰ったアージェは、現実逃避する為にとりあえずお茶を淹れて飲んだのだった。
後の話し合いと石像の修復は、目が覚めて素面に戻ったレアが鬱々と行った。