共鳴

mudan tensai genkin desu -yuki

血で血を洗った時代、魔法大国たるファルサスの王家に漂っていたものは、嫌気が差すほどの倦厭だ。
親兄弟を、共に育った血族を、疑い相争い殺しつくした時代。
彼らは強大な魔力と人外の精霊を戦わせ、剣を以て己を示した。
重なる屍と慄く民を前に、いつか全てが朽ち果てる終わりが来るのだろうと―――― そう、思っていた。





城にいくつかある尖塔のうち、その一本だけは最上階の半分が崩れ落ちていた。
壁の半分と天井の四分の一が、無残な穴となっている場所。
そこはかつて、同腹の兄妹である二人が疑心暗鬼から相打った場所であり、その時死した王女の名を取って、密やかに「迷い姫の塔」と呼ばれている。

「迷い姫というのは、あれだな。その時の戦闘の発端になった王女の蔑称だ」
「蔑称なのか」
そう風が強いわけではないが、高所にあるとあって温暖なこの国でも肌寒い。
たまたま訪れた隣国で、何故か尖塔の最上階へと連れて来られたオルティアは、羽織ったショールの下、薄い体を震わせた。
隣に立つ王が、にやりと人の悪い笑みを見せる。
「蔑称だろ。―――― そいつはな、いつもうじうじ迷って、人の意見に揺り動かされるやつだった。でもそうやって惑っているだけで、ちっとも動こうとしなかったんだ」
「よくいる類の輩だな」
「そそ。だから『迷い姫』だ。右と言われれば右に行きかけ、でもすぐに左と言われて左を向く。風に回る紙人形だな」
陰惨な棘が見え隠れする男の声音は、オルティアにとっては既に聞き馴染んだものだ。
彼は、自分自身や自分の血を遡って語る時、このように嘲笑を込めた口調になる。
決して他者には見せぬ影を、彼女には見せてくるのは、ひとえに同類と思われてのことだろう。同じ子を持つ親同士であるからでは、きっとない。
オルティアは、落下防止の措置がなんらされていない壁を遠巻きに眺めた。
「それで? 本題はなんだ」
「いや、そろそろここを直そうかと思って」
「勝手に直せ! 妾には関係ない!」
「たまたまお前が来たから。ついでに」
「そんな理由で人に塔を登らせたのか!」
普段は封鎖されている「迷い姫の塔」は、転移陣も設置されていないので歩いて登らなければならない。
体力のないオルティアにとっては男の手を借りてもきつかった。
そうして連れて来られた理由が「ついで」と言われては、男を塔から蹴り落としたくもなる。ついでに「馬鹿王の塔」とでも改名されればいいと思う。
腹の中で毒づきながらさっさと踵を返そうとするオルティアに、ラルスの声が届く。
「本当は、レティを連れて来ようかとも思ったんだが」
感情の見えない言葉。
しかしオルティアは足を止め、振り返った。男の背を見上げる。

―――― 彼が妹のことを語る時、それは、彼自身の闇に向き合うのと同じだ。
流れ続けた血の集束たる二人の兄妹、その片割れたる男は、音もなく壁のない穴へと歩み寄る。すれすれの場所から遥か眼下を見下した。
「迷い姫がここから落ちてから三十年以上経ってる。その間、誰もここを直そうとしなかった」
「……直す理由がなかったからだろう」
「それもあるだろうな。ただ―――― 」
男は、何もない空中に向かって一歩踏み出そうとする。
オルティアはぎょっとして飛び上がった。だが、ラルスの身体は傾ぐことがない。青い目が地上の植え込みを見つめる。
「ただ、俺は思う。皆、ここから外の景色を見たいが為に、そのままにしてたんじゃないかとな」
何処までも冷え切った目。
終わりを見据えるが如きその視線は、死した者を検分するに似た眼差しだ。
ぞっと、本能的な恐怖を覚えるオルティアに対し、ラルスは背を向けたまま平坦に笑った。
「この国の王族に生まれつくと、どういう気分だったか想像したくなるんだろうな。何しろ明日は我が身だ」
まるで他人事のように男は言う。
「血族を殺した時にどういう気分になるのか―――― そして、死んで自由になる瞬間に、何を思うのか」

塔と地上、生と死を分けて在る兄妹に、彼らは己を重ねて見たのだろう。
物言わぬ遺体を見下ろし、そして地上から広がる空を思い描いて。

己の死を想う。
その感情が分かってしまうのは、オルティアもまた同類であるからだ。
だから、分かりたくないことまで分かってしまう。
おそらく彼が、見下ろすよりも見上げることにこそ解放感を抱いていたことを。

「―――― 馬鹿げている」

心の声が言葉になる。
ラルスはそれを聞いて笑った。風に乱れた前髪を掻き上げる。
「まったく同感だ。だから、そろそろ直そうかと思ってな」
「さっそと直せ。一人で直せ。嫁に行った妹を巻きこむな」
「魔法が使えないと大変」
「知るか。面倒なら全て壊せ」
塔の一つ、あってもなくても支障はないはずだ。むしろこの国では塔があればあるだけ飛び降りが起きる気がする。
オルティアは、そっけなく視線を逸らし階段を降り始める。
男が追って来る気配はない。螺旋の石階段は、彼女の足音だけを響かせる。
そうして一人、塔の外に出たオルティアは、崩れた塔の先端を振り仰いだ。男の姿が見えない穴と、澄んだ青空を見上げる。

―――― これが最後の景色であったなら、「彼女」は満足しただろうか。

オルティアは己の想像に気づくとかぶりを振った。
何処までも遠い空は、雲一つない晴天だった。