その場限りの味方

mudan tensai genkin desu -yuki

中庭に開けられた穴は、既に大人一人がすっぽり入れる程には深かった。
直径も同じくらいはあるだろう。
美しく整えられた庭園に突如開いているそれを、ニケはげっそりした気分で覗き込む。
「で、これはなんなんだ?」
「反省穴」
あっさりとした返答は、聞いてもさっぱり意味が分からない。
分からないのだが、この国だから何でもありだろうと思ってしまう自分がいる。
主君の供として隣国を訪れ、元同僚に出くわしてしまった彼は、これ以上ない苦い顔で溜息を噛み潰した。
「それで? 俺に何をしろと?」
「穴をもっと深くしたいんだよね。暇そうだから手伝ってくれないかなと」
「誰が暇だ。誰が」
「あんたが。っていうか、ちゃんと姫に許可はもらってるよ」
「…………」
主君を引き合いに出されては、もはや何も言うことは出来ない。
言葉を失くすニケに、雫はいい笑顔で「じゃ、やってみようか」と宣言したのだった。

穴を深くするといっても、肉体労働にまったく不向きであるのがニケだ。
土を掘るなどという真似をしたら、まず途中で倒れて翌日以降しばらく使い物にならなくなる。
しかし雫もその辺りは承知しているのだろう。自分が穴の中に降りると、「掘った土を魔法で引き上げてよ」と役割分担を提案してきた。
それについてはまったく異論がなかったので、ニケは多くの文句を飲み込んで土を引き上げる為の構成を組む。
「大体、お前は学者じゃなかったのか」
「そうだよ」
「学者が何故城の庭に穴を掘ってる」
「人間というものは、常に自省しながら生きるべきだと私は思ってる」
「お前は穴に入らんと自省も出来ないのか!」
元から彼女は変わった人間であったが、昔は反抗的ではいても、もうちょっと素直であった気もする。
こうなってしまったのは、おそらく夫か主君の影響が大きいのだろう。どちらの男も非常に癖があり、ニケの苦手な相手だ。
出来れば彼らには会わずに帰りたい―――― そう思っているニケの心情がまったく伝わっていない雫は、黙々と穴の底を掘っている。
「やっぱさ、人間ってのは結構視覚情報に惑わされるところがあるんだよ」
「そうか」
「だから、反省するする言ってても、穴以外にいたら本当に反省してるか分からないよね」
「待て。今すごく前提から結論まで吹っ飛んだぞ」
「むしろ穴の中で反省するなら、その間に埋められるから一石二鳥」
「そんなことを考えてたのか!?」
―――― これはもう、この国の王を入れる為の穴と考えて間違いないだろう。
彼女をここまで怒らせて追いつめるのは、いつも破天荒なファルサス国王だ。そして、そうだとすればオルティアがニケを貸し出したのも頷ける。
もっとも一連の穴掘りに加担したことがばれれば、仕返しが彼にまで来てしまうことは明らかなのだが……
「よし、逃げるか」
今なら気づかれずに逃げられるはずだ。雫は何やらぶつぶつ言いながら穴を掘ることに夢中になっている。
そーっと足音を立てぬよう、その場から離れだしたニケは、けれど何の気配もなく背後から肩に手を置かれて飛び上がった。
何とか叫び声を堪えて振り返ると、そこには会いたくないと思っていた彼女の夫が立っている。
厚い本を片手に抱えたエリクは、穴を一瞥して何ということのないように言った。
「あれをやっていれば気が晴れるみたいなんだ」
「そ、そうか」
「後で僕が埋めとくよ。ありがとう」

―――― 色々おかしいところがあるのは分かるが、これ以上関わりあいになりたくない。
そもそもファルサスにも出来るだけ来たくないのだ。来たくないのだが主君も来たくないのを来ている以上仕方ない。
ニケは、潮時と判断するとそのまま雫に捕まらぬよう中庭を離れた。
後日キスクに遊びに来た雫が、この時のことを一切覚えていなかったのが一番怖かった。