命懸けの恋

mudan tensai genkin desu -yuki

石畳に飛び散った少女の体は、半分以上その原形を留めていなかった。
小さな頭は果実のように砕け、灰色の中身が血に染まる頬を浸している。
細い指先はぴくぴくと痙攣し、広がる血肉と共に命の残照を周囲の人間に示していた。
誰も何も言うことが出来ない空気。白絹で作られた花嫁衣裳が、湿った風にふわりと膨らむ。
生臭い臭いに、死体のすぐ傍に立っていた少女は首を傾げた。傍らの男を見上げる。
「オーティス、恋をするってどんな気持ち?」
「……時と場を弁えような、ヴェオフォルミネ」
幸いすぐ騒然となった周りの人間に、その会話を聞きとがめられることはなかった。



結婚式の最中、聖堂の塔から飛び降りた花嫁は、ヴェオフォルミネと同い年だった。
そのことに運命的な意味を見出していたのは、どちらかというと死んだ少女の方であったろう。
数日前、偶然少女と出会い、彼女の苦しい心中を聞いていたヴェオフォルミネは、宿の部屋に戻ると連れの男に聞きなおす。
「オーティス、恋をするって―――― 」
「俺に聞かれてもな……」
そう言って頭を掻く男は、苦笑としか言いようのない表情を浮かべる。
オーティスは考える間を取る為に窓辺に向かうと、隣の壁に寄りかかった。
「そんなん、人それぞれなんだよ」
「わたしも恋をすると死ぬ?」
「さぁな。好きじゃない男に嫁がされるくらいなら死ぬって、そうそう普通の発想じゃないだろ」
もっとも彼がそう思うのは、年齢や性別の違いもあるだろう。
その点、今日死んだ花嫁と同じ性別、同じ年齢であるヴェオフォルミネは、どういう結論に至るのか。
少し興味を抱いたオーティスは、けれど次の瞬間その好奇心を後悔した。ヴェオフォルミネは当然のように返す。
「わたしだったら、相手を殺そうかな」
「……誰も死なない選択肢はないのか?」
「じゃあ好きな人を殺す?」
「俺の話聞けよ」
しかもそれではまったく解決していない。
―――― 要するに、このような話をするには、ヴェオフォルミネはまだまだ幼いのだろう。
かといってあと何年経てば、彼女が議題にふさわしい情緒を得るのか分からない。
オーティスは、将来ヴェオフォルミネを嫁に出すところを想像して無言になった。
限りなく不安で、言いようもなく落ち着かず、不思議にささくれた気分を味わう。



―――― たとえば誰かの命を代償にする感情を恋と定義するのなら。
彼ら二人はとうに、その運命を飲み込んでいる。
飲み込んで、今に至るのだ。ただこの繋がりを、この情を何と呼ぶのか、オーティスには自分でもよく分からなかった。



沈黙を続ける彼を、すぐ前に来たヴェオフォルミネが覗き込む。
「オーティス」
「ん」
「わたし、あなたのこと好き」
「うん」
「これって恋?」
「違うだろ」
思ったままを返すと、少女は微かに残念そうな目になった。その小さな頭をぐりぐりと撫でてオーティスは笑う。
「だから、俺の為に死んだり殺したりするなよ」
「だめなの?」
「駄目」
そのような未来が彼女に決して訪れないように。
オーティスは感傷を喉の奥で留めると、自らの運命を引き取った少女に「……愛してるよ」と囁いた。