神秘なる塔

mudan tensai genkin desu -yuki

「この塔、仕掛けを直すの大変なんですからね……」
円形の広い床を持つ塔の一階、普段より赤味差す頬を右手で押さえながら、ティナーシャはそうぼやいた。
この塔の主人でもある彼女は、外周の壁に沿って螺旋を描く階段を目で追う。緩やかな階段がちょうど一周した辺りに、分厚い石版の欠片が散乱しているのが見えた。
それを為した男は、少しだけ申し訳なさそうな顔で目の前の彼女を見下ろしている。
「いや、お前の具合が気になって……」
「ほんと目を離すとろくなことしないんですから。まあ、何処かに出かけられるよりはましですけど」
普段は城にいる魔女は、昨日からの体調不良で熱を出し、塔に帰ってきているのだ。溜息と共に、頬に当てられていた手が額に滲む汗を拭った。
すかさずオスカーが、守護者である魔女の華奢な体を抱き上げる。
「悪かった。とにかく寝てくれ。体に障る」
「元々寝てたんですけどね……あなたが来るまで」
「悪かった」
繰り返し彼が謝罪すると、ティナーシャは男の肩にぐったりと寄りかかった。溜息にも似た浅い息が耳元で零れる。
熱が上がっているのか、すぐに息は規則的な寝息となった。
オスカーは、彼女を起こさぬようそっと抱きなおすと、長い螺旋階段を上り始める。
「リトラ」
「こちらに」
すかさず聞こえた返事は、塔の管理者でもある魔女の使い魔のものだ。
ふっと隣に姿を現したリトラは、オスカーと並んで階段を上がり始めた。

幼い子供の姿をした使い魔は、階段の先に瓦礫が見えて来ると、ぱちんと指を鳴らす。
―――― 途端、全ての破片が綺麗に消え失せた。
オスカーは思わず感心の声を上げる。
「すごいな」
「私はこの塔を作る為に生み出された使い魔ですから。塔のことであれば自由になることは多いです」
「なら、お前がこれらを仕掛け直すってのは出来ないのか?」
通りすがりざま、オスカーは壁に残っていた石版を手の甲で叩く。
破片の大元であるそれは、本来ならば第一の関門として挑戦者の前に立ちふさがるものだ。
いくつかの文章を元に正解を導くという謎解きの巨大な石版は、挑戦者が正解を答えると砕け散って道を開ける仕組みになっている。
指し示されたそれを見て、リトラは首を傾げた。
「片づけることはできますが、仕掛け直すことは……」
「難しいか」
「マスターから魔力を借りる必要があります。あとは、その都度マスターが微調整を指示なさいますから」
「なるほど」
それが、「仕掛け直すの大変」の理由なのだろう。
オスカーは少し考えて―――― また問うた。
「俺の魔力使って、俺の指示で直してみないか?」
「…………それは」
リトラの足が止まる。彷徨う視線が、熱でぐったりと気を失っている主人を捉えた。
「どう……なんでしょう……」
「とりあえずやってみよう。不味かったら後でティナーシャに直させればいい」
「…………」
「まずこれを上に寝かせてくる。それからだな」


―――― 少し前から、塔の仕掛けに慣れてしまいつつあったのだ。
「簡単に踏破するな」とティナーシャに苦情を言われたこともある。難易度を自分で調整できるなら、それに越したことはないだろう。
オスカーは、新たな塔の試練を練りつつ、塔の階段を上っていった。
その後を、微妙な表情のリトラがついていく。


そして半日後、魔女の塔の歴史に残る最難関の試練が誕生した。






「どうしてこういうこと考えるんですか!? まずいきなり五階まで縄を上るとか、構成がおかしいでしょう!」
「最初に腕の力を奪っておこうかと」
「その後も酷いです! なんでしらみつぶしにやらないと正解が分からない数当てとか作るんですか! しかも外れると火が噴き出すし!」
「なんだかんだで運の要素は必要だと思う」
「誰も上って来られませんよ! まず自分がやってみなさい!」
「分かった。時間計っててくれ」