裏切り

mudan tensai genkin desu -yuki

自分がどのような一生を送るのかと、考えたことは何度もある。
だがその答が出たことはない。ただいつか、誰かに殺されるだろうとは思っていた。

「レヴィ」
座しているベッドは、粗末で固いものだが清潔さは感じ取れた。
荒野の街道沿いにある宿としては上等なくらいだろう。漫然と寝台に転がっていたユディトは、上体を起こすと自分を捕虜としている男の名を呼んだ。
まもなく、隣の部屋から当の男が顔を出す。
「どうした?」
「水が飲みたい」
彼が帰ってくる気配を感じたから声をかけたのだが、間違ってはいなかったらしい。
防御システムと一体化していた後遺症で両足の自由がきかない彼女は、男に向かって手を差し伸べた。
すぐに苦笑しながらレヴィが、コップに水を入れて持ってきてくれる。
「食事は?」
「今は要らない。というか、エギューラ糸をくれれば自分でやるわ」
「それをしたら俺を殺すだろう?」
笑いながら言う男に、ユディトは沈黙を保つ。
本心を見透かされたから、というより単に、肯定も否定もしたくなかったからだ。
軍の将校である男は、水を飲む彼女の前に椅子を引いて腰かけた。
「不自由をかけるが、しばらくは我慢してくれ。今はちょっとごたごたしててな」
「私を軍に引き渡さないのもそのせい?」
テドラの基地を制圧し、中枢にいた彼女を捕えた男は、しかし未だに彼女を殺しもしなければ軍に引き渡しもしていない。
ただ転々とあちこちの宿泊施設を移動し、彼女を置いては何処かに出かけているだけだ。
真意を読めない相手をユディトはねめつける。
「殺すのなら早めにどうぞ。油断しているうちに寝首をかくかもしれないわ」
「さすがに糸を持ってないお前に殺される程じゃない」
「大した自信ね」
何だか腹立たしくなって返したが、この男が不思議な異能持ちであることはユディトも知っている。
彼は、自分の周囲のエギューラを無効化する能力があるのだ。「聖女」と呼ばれ、テドラの異階持ちである彼女が敗北し捕虜になったのもそのせいだ。
だが、彼の不可解な点はそのまま彼女を殺さずにいることだ。まるで人目を避けて逃亡するような移動の毎日が何を意味しているのか、ユディトは少しも理解出来なかった。
彼女は水を飲み干すと、空になったコップをレヴィに返す。手袋を嵌めていない大きな手がそれを受け取る様を、ユディトはじっと見ていた。
恐くて、だが惹かれる存在。それは彼女の無知がそうさせているのだろうか。
レヴィはコップを傍の机に置くと、彼女に一枚のパネルを差し出す。その上には立体地図が浮かんでおり、彼らの現在位置と他の場所の勢力図が表示されていた。
軍にとっては機密とも言える地図に、ユディトは眉を寄せる。
「こんなものを見せて、どういうつもり?」
「見たままだ。お前が消えたことで、テドラは既に脅威と看做されなくなっている。外敵がいなくなったからな。今は内部分裂の真っ最中だ」
「貴方も何処につくか迷っているということ?」
「俺は元々軍の在り方には懐疑的だ」
「軍に所属しているのに?」
「中にいなければ見えないものもある」
自嘲的な男の表情は、ユディトに少しの罪悪感を抱かせた。意地の悪いことを言ってしまったと思い、だが何故そんな遠慮をしなければならないのかとも思う。
レヴィは立体地図を消すと、パネルを机の上に置いた。
「そんなだから、今お前の存在が明らかになれば、勢力間での取り合いになるだろう。下手をすれば死ぬより酷い目に遭う」
「だから? 少しでもましなところに渡してくれるとでも?」
だとしたら、殺してくれた方が幾分ましだ。
たとえ待遇のいいところに渡してくれるつもりがあるのだとしても変わらない。殺される覚悟ならば最初からあったのだ。
眉を顰めたユディトに―――― だが男はかぶりを振る。
「何処にも渡すつもりはない」
「ならなんで私を捕えて……」
「お前の気を引きたい。それだけだ」
「…………は?」
聞き間違いかと思った。
だが聞き返してもレヴィは笑っているだけだ。
自分よりも世界を知っているであろう男の言葉に、彼女はそれ以上を飲みこむ。何度も繰り返し読んだ小説のことがふと思い出された。 ―――― あの話では、人は恋の為に死ぬのだと。



考えてもわからない。
ずっと探していたものが「彼」であるのか、答を探す術が分からない。ユディトは動かない膝を引き寄せようとする。
大きな手が、彼女の髪に触れた。
「他に欲しいものは?」
「……特にない」
「ならいいが」
動けない女に、レヴィは労わるような眼差しを向けると部屋を出ていった。
その背を見て、引き留めたがっている自分に気づくと、ユディトは寝台に倒れこんで顔を覆う。
自分がどのような一生を送るのか、まだ少しも想像が出来ない。
出来ないまま、けれど何処かに向かって走り出している気がした。