互角

mudan tensai genkin desu -yuki

剣の刃同士がぶつかりあう高い音が響いている。
薄曇りで過ごしやすい午後、アージェは練習用の剣を手に、十歳になる息子の相手をしていた。
やたらと大振りでかかってくる少年は、一生懸命ではあるのだが、荒すぎてどこから直していいものかよく分からない。分からないから、とりあえずは好きに打たせることにしていた。全ての攻撃を軽く受け止めていくアージェは、徐々にその速度を上げてみる。しまいに少年の持つ刃は、振り上げただけで止められるようになった。
「父さん……無理だよ!」
「何が?」
「っていうか、ちゃんと教えてよ! なんか面倒そうな片手間じゃなくて!」
「その面倒そうな片手間にやられてちゃ駄目」
あっさりと切り捨てると、少年は膨れ面になる。平和な国でまったく危機感のないその表情に、アージェは軽く肩を竦めた。 剣を取った時より実戦の中を潜り抜けてきたかつての傭兵は、人にものを教えるということの難しさを改めて実感する。
可能なら自分の師である男に聞きたいくらいだが、ケグスは今でも大陸中を移動していてすぐには捕まらない。
アージェは空を見上げながら考えて、答えた。
「もう魔法士になればいいんじゃないか? 母さんの教え方分かりやすいだろ?」
「わかりやすいけど、剣もやりたいの!」
「なるほど」
かつてはアージェ自身、何人かの人間に剣を習ったものだが、「もっと分かりやすく教えてくれればいいのに」と思ったことがあっても、自分がそれをするのはなかなか難しい。アージェは練習用の剣を鞘に戻す。
「ま、ちょっと休憩で。そろそろ昼だろ」
「えー?」
家の裏口へ向かうアージェを、不服そうな少年が追ってくる。
眼差しに母親と似たところがある彼は、長身の父を見上げた。
「な、父さんが強いのは知ってるけど、どれくらい強いの? 今まで戦った中で一番強かった相手って誰?」
「一番強かった相手?」
―――― それを言うなら、相手は人間ではない。
だがアージェは、隠された歴史の核とも言える「彼女」の話に口をつぐんだ。代わりの記憶を口にする。
「恐いで有名だった王を、戦場で斬ったことがあるな」
「へ? まじで!? どんなだった!?」
「父さんがちょっとずるした。あと相手は大分年上だった」
「何だよそれー。また適当なこと言って」
少年は、父の話を嘘交じりのものととったらしい。アージェは苦笑して、家の裏口を開けた。
ちょうど台所から走り出てきた娘が「おひるだよー」と叫ぶところだった。



「ってわけで、教えるのって難しいよな」
昼食を終えた後のお茶の時間、子供二人は既に外へ出て遊んでいる。
アージェのぼやきに、妻である女はくすくすと笑った。
「あなたもよく言ってたわ。エヴェンの教え方が分からないって」
「あれ以上にはなりたくない。努力する」
「頑張って」
片付けに席を立ったレアは、視界に入る昼食の鍋に小さな溜息をついた。
この家ではたまに、二種の味付けをしなければならないことがある。普通の味と―――― あり得ない真っ赤な味に。
辛いという言葉では表現しきれない味を平気で食べられるのは、父親とその息子だけだ。レアリアはどうして彼らはそうなのか、途方もない気分を味わった。夫には聞こえないよう呟く。
「よく似てる同士なんだから、まったく」
だから剣の教え方なども、きっと大した問題ではない。
―――― 彼女の予想通り、二人の剣の腕は後に互角になった。