服従

mudan tensai genkin desu -yuki

最強、と言われる「青き月の魔女」。
四百年前、一夜にして滅んだ魔法大国トゥルダールの最後の女王。
稀有なる魔法士を示す二つの称号は、共に一つの女に属するものだ。
そして今や、大国ファルサスの現王妃であるティナーシャは、机の上に置かれた人形を前に眉を寄せる。
「これは……面白いものが存在しますね」
赤子くらいの大きさの人形は、陶器で出来た年代ものだ。
幼い少女を模した人形で、白いドレス姿の少女が分厚い本を開いている。
ただそれだけなのだが、あちこちが欠けて変色しているせいか、不気味な空気を醸し出していた。
まじまじと人形を検分する王妃に、人形を持ちこんだ魔法士のカーヴが尋ねる。
「どうでしょう……、呪いの人形などと言われているのですが」
「ぱっと見は、呪いっぽくないですね」
「よ、よかった……」
「魔法具ではありますが。面白いですね、これ。どこから持って来たんですか?」
「小道具屋が城に持ちこんできたんです。なんでも、持ち主が不可解な死を遂げてしまうということで……」
そう言うカーヴ自身も、理論派の魔法士で胡散臭い話は信じていない。
だが、長い歴史のある大陸では、時折胡散臭くにしか思えない事実もあるのだと宮廷に仕える彼は知っている。
だからこそ、一番何にでも対応できる妃にこの話を持ちこんだのだ。
ティナーシャはまだ腕組みしながら人形を覗きこんだ。
「謎の死ですか。どうしてそんなことになるのかなー」
「魔法具って、どんな魔法具なんですか?」
「別に、単純なやつですよ」
そう言って、ティナーシャはぽんと人形の頭を叩く。
留める間もない王妃に行動に、カーヴはぎょっとして口を開きかけた。
けれどその直後、人形の口から平坦な少女の声が聞こえて来る。
淡々と読み上げるようなそれは―――― 魔法構成についての記述のようだった。
途中ぶつぶつと掠れて消える声に、カーヴは思わず聞き入る。
「これは……声の再生装置ですか」
「言ってしまうと、喋る魔法書ですね。誰が作ったかは知りませんが、不気味です」
「なんでこれで人が死ぬんでしょう……」
「さあ……」
そう言った直後、だがティナーシャは、ばしん、と音を立てて人形の頭を叩いた。
構成を読み上げる声が止まる。
いつの間にか真顔の王妃に、カーヴはおそるおそる尋ねた。
「ど、どうなさいました?」
「今のは禁呪です」
「へ?」
「禁呪の構成です。組んだら術者は死にますけど。―――― これ罠ですね」
ティナーシャの纏う空気が、剣呑なものになる。
それは、自国を禁呪の暴走で失った彼女であればこそ、当然のものだろう。
闇色の瞳が冷え切って人形を睨む。
「間違った禁呪の構成を教えて、それに乗った人間の魂を取りこむように作ってあるんでしょう。とんだ呪具ですね」
「そ、それは……」
「なんか腹立たしいからもう叩き割りましょうか」
「で、ですが、禁呪の呪具など、もし暴走したら……」
「別にねじ伏せればいいでしょう。後の責任は私が取りますよ」
「ぐ、ティナーシャ様……」
これは止まりそうにない。
そうカーヴが思った時、部屋に新たな声が響いた。
「―――― どうした。何かあったか?」
軽い言葉と共に、ひょいと研究室を覗きこんできたのは、カーヴの主君でもある王だ。
この城では唯一、ティナーシャを止められる男に、カーヴは心から安堵した。
冷やかな怒りに貌を染めていた王妃は、困ったような表情に変わる。
「オスカー……」
「どうした? 話してみろ」
穏やかな声。王として、夫としての器を感じさせる男の空気に、ティナーシャの顔から憂いが消えた。
ふっと、少女のような目を見せた妃は―――― 淡く微笑む。

最強と言われる魔女。滅びた魔法大国の女王。
数百年を旅してきた彼女の行きついた先がここだ。
そして魔女は、王に頭を垂れる。

話を聞いたオスカーは「なるほど」と言うが早いか、アカ―シアで禁呪の人形を叩ききった。
その思いきりのよさにカーヴは唖然とし、ティナーシャは呆れたが、彼女は何処か嬉しそうに夫に寄り添ったという。
魔女の時代の終わりを表す、ささやかな話だ。