生き残り

mudan tensai genkin desu -yuki

最後に見たものは、崩落していく基地だ。
その只中にあったリーズは自分の死を覚悟して―――― これでようやく自由になれる、と思った。


生まれ育った町から両親と共に旅立ち、そしてその両親を戦闘で失ったのは、十歳の時だ。
リーズはそれ以来、地下教団「テドラ」の一員として生きている。
軍部との戦いに明け暮れる日々は、もはや彼女にとっての日常だ。
終わることは想像できず、終わる理由も分からない。
だからいつか、自分の死を以てその日が来るのだとしか、思っていなかった。


「痛み止め、まだ効いてるか?」
運転席に座る青年に、そんな言葉をかけられリーズは眉を寄せた。包帯の巻かれた十指を見下ろす。
「とりあえずは。大丈夫です」
「ならよかった。疲れたら休憩入れるから言ってくれ」
ついこの間まで、敵同士として殺し合っていた軍部の彼は、そんなことを言う。
生来の性格か、それとも極端に物忘れがいいのか、呆れるほどの暢気さだ。
今は、彼女が負傷で戦えないからともかく、治療が終わったらその首を刎ねることも容易いのだ。
いまいち理解できない能天気さに、リーズは欠伸を飲みこむ。本当は少し眠いが、運転を彼に任せて眠ることもためらわれた。
「眠いなら寝てていいよ」
「…………」
まるで見透かしたような運転席からの言葉に、リーズは押し黙る。
ここで寝たら路傍に捨てられるのではないかとも一瞬思ったが、彼にそんなことをする意味はない。
リーズはもう一度欠伸をかみ殺した。
「あなたが道を間違わないか、不安で寝られません」
「大丈夫だ。地図は確認したし。それより少しでも体力回復しとけよ。その方が俺もいざって時助かる」
「……分かりました」
それぞれ違う陣営に属しているとはいえ、二人で遠出をしている今、自分たち以外に味方がいないのは事実だ。
リーズは居心地の悪さを覚えながら、助手席で目を閉じる。
たちまち疲労のせいか、重い眠気が襲ってきた。
浅い夢の中に、過去の記憶が散り散りに混ざってくる。


『リーズのエギューラは、少し変わっているわね』
『ユディ様?』
『変わっているというか……回転が早いというか。ほら、肉体にも新陳代謝があるでしょう? それと同じで、エギューラの生成が早いの。これ、子供の時には結構困ったんじゃないかしら。エギューラ糸による放出がなければ体内に溜まる一方でしょう?』
『それは……私の生まれた町では、そういう子供は多くおりましたので』

会話の続きを、記憶は辿る。
エギューラ糸の必要なかった子供時代。彼女は野山を駆けることを楽しんでいた。
自らのエギューラを邪魔に思うことなど少しもなかったのだ。それは彼女にとっては自然の一部だ。

『リーズ、これは可能性でしかないけれど、貴女の体は―――― 』
『分かっています、ユディ様』

故郷の町では、人は皆短命だった。
両親はそれが理由でリーズを連れて町を出たが、結局は彼らも短い一生を終えた。
だから、自分もいつかそうなるのだろう。
リーズは不思議なほどあっさりと、事実を受け止める。

『大丈夫です、ユディ様。私は自分の一生を自分の意思で生きます。あなた様を、お守りするために』

そうして大事な人を守って終わる生なら、きっと充分すぎるくらいだ。
死ぬことでしか終われぬ人生なら、その終わりくらい幸福であってもいいだろう。
だから―――― 気の狂うような拷問の中でも、己を見失わないでいられた。


「……っ!!」
声なき悲鳴を上げて飛び起きる。
そこはまだ車の助手席だ。汗びっしょりになったリーズは周囲を見回し、運転席の青年と目が合った。
「リーズ、大丈夫か?」
彼女を案じる、嘘のない声音。
急速に現実が戻ってくる。安堵が全身に染み渡る。額に冷や汗を浮かせたまま、リーズは肩で息をついた。
肺の中の空気を吐き切ってから、ようやく冷静さが戻ってくる。
「すみません……少し、うなされてました」
「起こせばよかったな。静かだったから気づかなかった。ごめん」
「あなたの謝ることじゃないです」
彼は軍部の人間にしては変わっているが、気を遣うにもほどがあると思う。
いずれは再び殺し合う間柄なのだ。変な情を持たれても後味が悪い。
そう思いながらハンカチで額を拭いていたリーズは、ふと青年の横顔を見た。

何処までも、真っ直ぐに前を向く眼差し。
偽りも妥協も許さぬその強さを、リーズは見つめる。

「リーズ? 気持ち悪いならどこかで休憩するぞ」
「……大丈夫です。これ以上遅れても困りますから」

ついと視線を逸らす。
荒れ果てた茶色の大地には何もない。ただ彼らの車が乾いた街道を走っているだけだ。
他には何もない。軍部も、テドラも。闘争を生み出す、神の遺産も。

「……早く着いてしまえばいいのに」

何だかずっとこの車に乗っていると、自分が誰だか分からなくなる。
優しくされることが当たり前の存在のように思ってしまうのだ。テドラの戦士であり、そう長くない寿命を持つ異能者の自分が。
リーズの呟きが聞こえたのか、青年は「ごめん」と謝る。

「あなたの謝ることじゃないですってば」
「なんかつい……」
「日頃余程虐げられてるんじゃないですか?」
「虐げられてはいないけど、無茶な上官がいる」
「なら軍部を辞めたらいいです」

リーズの無茶ぶりに、青年は苦笑する。
まるで軍人らしくない、穏やかな空気。リーズは彼に巻かれた包帯を見つめる。

いつか自分に訪れる終わり。死という自由の形。
だがせめて彼には別の終わりが訪れればいいと……何故かリーズはこの時、ぼんやりと思った。