夢枕

mudan tensai genkin desu -yuki

「最近、よくお眠りになれないようですね、姫」
そんな言葉を臣下であり友人でもある人物から聞いたのは、オルティアが長く続く雨をぼんやりと窓越しに見ていた時のことだ。
言われた言葉を頭で数秒反芻して、返す。
「そうかもしれぬな。陽気がよくない。体が重い」
この長雨のせいか、どうにも体が思うようにならない。
夜になると落ち着かず寝返りばかりを打つようになり、昼はその眠気で体がだるい。
おかげで仕事にも障りが出つつある。
友人と二人きりのせいか、扇で顔を隠して欠伸をしたオルティアは、とろんとした眼で執務机の前に立つ雫を見上げた。
「なんとかならぬか」
「なりません」
「言ってみただけだ」
魔法士でもない友人になんとか出来る話でもない。
もっとも魔法士であったとしても、天候を操ることの出来る人間などごくわずかだ。
少なくともキスクの宮廷にはおらず、記録では天候を操ることがあったのは、かつてのファルサス王妃、魔女であったその人くらいだ。
だからこの倦怠感も、自分でやりすごすしかない。そう思いながらもう一度欠伸をしたところで、雫が口を開いた。
「姫、私の故郷では眠れぬ時は『妖怪に顔を舐められたのだ』と言います」
「ようかい……?」
「魔物のような得体のしれない存在です」
「…………」
「想像上の存在ですが」
「そ、そうか」
眠れない原因が、謎の生き物に顔を舐められたからだとは想像したくもない。
いささかどころではなくげっそりしたオルティアに、雫が追い打ちをかける。
「あとは夢枕、という言葉もありまして」
「あ、聞きたくない」
「死んだ人が眠っている人の枕元に立って、心残りを……」
「聞きたくないと言っておるだろうが! 余計眠れなくなる!」
「姫、運動不足だから余計なんですよ。お散歩しましょう」
膝掛けを抱きしめて警戒しているオルティアに、雫は事もなげに言う。
用がなければ動きたくない、のが彼女だが、雫の頑固さはオルティアの性向を毎度ねじ伏せる。
これは抵抗しても無駄だと察した彼女は、ゆるゆると立ち上がった。雫が謎の中腰で手招いてくる。
「さあ、行きましょう! 姫! さあ!」
「……だるい」
「動きましょう! ほら! 動いて体のサイクルを取り戻すんです!」
「お前、最近ファルサスのあの男に似てきていないか……?」
「私はもともとこんなです」
雫はぐいぐいとオルティアの手を引いて、執務室を出ていく。
そうして、物見塔や離れの池、貯蔵庫や厨房まで一日城内を引きずり回されたオルティアは、城に仕える者たちの細やかな仕事を目にして感心し―――― 慣れぬ長距離歩行で、その晩はぐっすり眠りについたのだった。
そして夢の中で、死人に散々追いかけられてうなされた。