死してなお

mudan tensai genkin desu -yuki

「世界構造が違うって、どこまで影響があるんでしょうかね」
唐突な問題提起は、城の談話室にて厚い本を開いていた雫からのものだ。
他に人がいないからこそ、そんなことを言い出したらしき妻を振り返って、エリクはまず彼女が開いている本の題名を確認した。それによって話の焦点が判断出来るかと思ったからだが、背表紙には「大陸面白逸話集」と書かれている。
何が面白なのか、エリクは一瞬だけ考え込んで返した。
「さあ。気にはなるけど、確かめる術はないからね」
「こっちの世界には幽霊がいないんですよね?」
「そういう路線か。いないよ。君の世界は知らないけどね」
「気になるなあ」
精霊術士の力が明らかになると前後して、この大陸では肉体が死した後の魂は四散するという事実が周知されていったのだが、別の世界となるとそれがどうなるのか分からない。大体別世界から来た雫自身、魂が他の人間と違うのだ。それこそ彼女が死んだ際には分かることかもしれないが、だとしてもこの世界で死ぬということ自体が観測に影響しないとも限らないだろう。
エリクはそこまで考えて、とりあえず思考を中断させた。
「で、幽霊の有無がどうしたの」
「いやー、こう幽霊がいないと、やったもの勝ちって気がしませんか?」
「うん。意味が分からない」
「やっぱこう、ここは幽霊に復讐された! とか呪われた! とか、あって欲しいわけですよ。殺した者勝ちって納得できなくないですか? リベンジマッチしたいというか」
「大体分かった」
拳をきつく握り締める彼女は、自分が殺されかけた事例の数々を思い出しているのかもしれない。
その時は、訳あって彼女は絶対死なない状態ではあったのだが、それとこれとは彼女の心情的に関係ないだろう。
エリクは自分が読んでいた論文に視線を戻す。
「分かったけど、殺されるような状況に持ち込まれないのが一番だと思うよ。相手に復讐したいほどの気持ちがあるなら尚更」
「それはそうなんですが、なかなかそうもいかなかったりするじゃないですか!」
「君に関して言うなら、平均的な人間より騙されやすかったと思う」
「若気の至りが憎い!」
頭を抱えて叫ぶ彼女は、今では宮仕えの人間という立場やこれまでの経験もあってか、平均以上には用心深くなっている。
ぽんぽんと飛躍する思考は治っていないどころか悪化している節もあるが、その辺りは長所といえば長所なのでエリクは放置していた。
ひとしきり天井を見上げていた雫は気が済んだのか、本に視線を戻す。
「でも、幽霊がいないとしたら、こういう昔の幽霊に仕返しされたって話はどういうことなんでしょうね」
「多分、魔法士がやったんだろうね。暗黒時代の初期には特に、魔法に何が出来るかってことは知られてなかったわけだし」
「あー、なるほど。必殺仕事人ですね。私も万が一の時にはお願いしたいです」
拳を握って力説する彼女は、何処を目指しているのかよく分からない。
エリクは小さく溜息をついた。
「可能だったら僕がやるけど、君は自力で復讐しそうだよね」
「この大陸初の怨霊になってやりますよ!」
「だから、そういう状況に持ち込まれないのが一番だと思う」
元のところに戻ってくる結論は、いつものことだ。
エリクは空になったカップを手に、自らお茶を淹れる為に立ち上がる。
生温い空気が淀む城の談話室は、意気込む女の熱気で更に暑苦しくなっていた。