創始者

mudan tensai genkin desu -yuki

美しく閉じられた都市。
死者の記憶と、未来への可能性を閉じこめたそこは、かつて十二の都市の一部であった。
今は「オリジン」と呼ばれるただ一つの都市。
その管理者である一対の男女は―――― 昔この都市の存亡をかけて戦った少年と少女でもあった。

「終わったよ」
その第一声は、モニタに向かっていた女のものではなく目を開けたアキラが発したものだ。
作られた都市から戻ってきた彼は、仰臥したまま灰色の天井を見つめている。その彼を立ち上がった女が覗きこんだ。
「どうでしたか」
「静かなものだったよ。満足そうだった」
アキラはそう言って、壁の向こうに視線を送る。
彼らのいる管理室とは別の部屋、通称「寝台」には、今回のプレイヤーが眠っているはずだ。
否、正確には―――― 眠っていた、という言うべきだろうか。
「いい終わりだって言ってもらえたよ」
「そう、ですか」
「家族は?」
「もう目覚めると思います」
今の今まで、オリジンには五人の来訪者がいた。
そのうちの一人が今回の「主役」だ。残り僅かな生を、自由に動ける世界で過ごしたいと望んだ人。
残る四人は、そんな彼と最後まで一緒にいることにした家族だ。
管理者の一人として彼らの都市旅行に付き添っていたアキラは、ゆっくりと上体を起こすとパートナーである女を見た。大人になっても少女らしい可憐さを残す彼女が、物憂げな顔をしているのに気づいて苦笑する。
「そんな顔すんな。大丈夫だよ」
「……ええ」
「大丈夫だ」

閉じられた仮想上の都市。
彼らがかつて戦いの末に守りきったこの都市は、今はこうして時折客を迎えるようになっている。
費用は決して安くはない。だが、高くもない。
その人が、そして周囲の人間たちが、「一生の最後を迎える場所」にふさわしいだけの金額を払うことになっている。
それはもっと率直に言えば「人を見ている」と言ってもいいかもしれない。
大概の場合、その選別を担うのは、シェラ・ハーディ―――― パートナーである彼女の方だった。

彼女はアキラの体から連結用のチューブを外していく。
「この間、エジードに言われました。『貴女たちのやっていることは、都市に墓標を増やしていくだけのことだ』と」
「あいついっつもうるさいな……気にすんなよ」
「気にしてません」
そう言って笑うシェラは、意外な程に晴れ晴れとした顔をしていた。
驚くアキラに、彼女は気まずげに微苦笑して見せる。
「だって、もうすぐなくなる方だから居場所が要らないなんてこと、ないじゃないですか」
「まあ、そうだな」
散っていった十一の都市は、それぞれの目的にあわせて再構成され、運用されている。
その中には老人の入居用として使われているものもあるが、最初から「死に場所」としてプレイヤーを受け入れているのはこのオリジンだけだ。
だが、父からこの都市を引き継いだシェラは、自ら希望者の受け入れを始めた。
初めの時、自分の姉の為にこの都市が作られたのだと―――― 誰かにそっと囁くように。

現実に戻って来た時特有の浮遊感にアキラが欠伸をしていると、機材を片づけていたシェラが戻ってくる。
彼女は何かを決心した顔で、アキラの前に立つと口を開いた。
「都市の設計を公開しようと思うんです。もう五年も経ちますから」
「そっか。そんなにか」
五年も経てば技術は見違えるように移り変わる。
十二全部が揃っていた頃の都市はいつのまにか、過去の時代に刻まれるものとなっていたようだ。
それを公開してしまうことには賛否があるだろうが、シェラにとっては当然の権利だ。
アキラは立ち上がると細い彼女の肩を支えた。
「いいんじゃない? 知りたい人はきっといっぱいいる」
「私の我儘みたいなものですけれど」
「我儘でいいだろ。シェラはその我儘も少ないんだし」
ほとんど私情を表に出さず献身的に仕事に打ちこんでいる彼女だが、時折、感傷的な側面が強く出る時がある。
今もそういう時期なのかもしれない。アキラは小さな彼女の頭を撫でた。
「やりたいことをやればいいんだ。シェラがそうしていれば、きっと誰かに届く」
誰かの為に生きたいと願う彼女―――― 若くして天才と言われた研究者の彼女は、ある時からずっとそうして生きてきたのだから。
「ありがとうございます……アキラ」
「俺なんもしてないよ」
「私、知ってますから」
嬉しそうに彼女ははにかんで、作業の続きに戻っていく。
その背を見ながらアキラは頬を掻いた。彼女の理想を現実に添わせるため、いつからどれだけのことをしてきたのか。自分でも覚えていないくらいだ。そのうちのどれだけを知られているのか。ただただ気恥ずかしい。
アキラは軽くかぶりを振って意識を切り替えると、彼女を手伝うために立ち上がる。
そして彼らの日常は続いていくのだ。






「これ、綺麗ね」
女の声がそう囁く。
広い空間は他に誰もいない。無数の棺に繋がるここは、まるで生が始まる前の静寂のようだ。
多くの世界からとめどない情報が流れ込んでくる場所。奔流のようなそのデータから一片を拾い上げた女は、後ろに立つ男にそれを示した。
「ほら、面白いでしょう。十二の都市と塔」
つい、と宙に滑らせた指の先に、一つの設計図が浮かび上がる。
まるで硝子細工のように描かれるそれを、二人は向かい合って見つめた。
女の声が謳う。
「素敵ね。―――― こういう形にしようかしら」
無邪気に、嬉しそうに、彼女は語る。
これから長い長い永遠を棺を擁して旅する都市を造るために。

終わりは、そうして始まった。