封じられた魔法

mudan tensai genkin desu -yuki

魔法士の強さを決定するのは主として三要素。
魔力の大きさと、構成技術と構成速度だ。
その三つが、戦闘を行う上で重要な武器となる。
多くの力を持っているだけでは足らない。それを操る技術と発想と、俊敏さがなければ。
ただその三つを屈指の水準まで兼ね備えていても―――― 不測の事態というものは常に付きまとうのであるが。

「貴方に付き合うとろくなことがありませんよ……」
「そう言うな。生きて帰れたら反省する」
まったく心にもないことを言う契約者の青年に、ティナーシャは無言になる。
多忙な彼が得たたまの休日に、「何処か珍しいところに行ってみたい」と言われて、いくつか候補地を選んだのは彼女だ。
その中で、かつて魔法具の材料が採掘されていた水晶窟が選ばれたのはまだいい。
問題は、当の水晶窟のことをティナーシャ自身、話に聞いて知っているだけで、訪れたことがなかったということだろう。
「あれ、悪いのは私ですか……?」
「そんなことはないと思うぞ。ここに決めたのは俺だし」
「それも別に貴方悪くないですからね」
強いて言うなら、単純に運が悪いということだろうか。
ティナーシャは坑道の途中にあった部屋を見回す。
そう広い部屋ではない。かつては採掘された水晶の一時的な保管所にでもなっていたのだろう。
剥き出しの岩肌が天井にも壁にもなっている部屋は、今は空っぽの木箱がいくつか転がっているだけだ。
ただ、そこから零れだした細かい水晶が床一面に広がっている。
そしてその水晶の粒は、一つ一つがうっすらと白く光っていた。
もともとは盗掘避けの仕掛けだろう。魔力を感知すると光り出し熱を持つ仕掛けはだが、百年以上もの時をおいていささかの変質を遂げたようだ。この部屋に彼らが踏み入った瞬間から発動し始めた仕掛けの余波で、先程からあちこちで小さな火花が上がっている。
ティナーシャは慎重に自分の魔力を抑えながら隣の青年を見上げた。
「どうします? 完全に魔法使えないんですけど。と言うか、私くらいの魔力が感知されると、この水晶窟ごと吹き飛びます」
「まったく吃驚な事態だな。こうなると入口を崩落させてしまったのが悔やまれる」
「悔やまれるというか、下手をしたら私たちここで死にますよね。出られなくて」
水晶窟の広さはそれなりにあるが、人が暮らせるような場所ではない。
ティナーシャは、魔力を動かせば死ぬ、という訳の分からない状況になって、自分が今までどれだけ己の魔法に依存していたか実感した。
オスカーはそんな魔女を手招く。
「とりあえず、この部屋出て入口に戻るか。仕掛けに感知されないところがあれば魔法を使えるし、そうでなかったら崩落したところを何とかする」
「何とかするって」
いくら彼の膂力でも、入口を埋めた大岩全てをどかすのは不可能だろう。
だが、ティナーシャは分かりきった事実をそれ以上指摘することはせずに、男の後に続いた。
ここに来るまでは真っ暗であった坑道は、今は光り出した水晶の破片できらきらと輝いている。
―――― 命に関わることを除けば、白く煌めくそこは美しい眺めだ。
ティナーシャはただの少女のようにぼんやりと光る空間を見つめる。
彼女の数歩先を歩いていたオスカーは、ついてこない魔女に気づくと足を止めて振り返った。
「どうした」
「いえ……」
景色に見惚れた。
そしてそれ以上に、所在ない気分になったのだ。
魔法の使えない自分は、彼の守護者たり得ない。
普段「無謀なことはするな」とあれほど口煩く言っていても、いざという時魔法がなければ何の助けにもなれないのだ。
「こんなところで死んだら、後世まで語り草になりそうですね……」
「死なないから安心しろ。ただ見て回るより面白いだろう」
「あなたのその度量には時々感心しますよ」
彼の、何事をも楽しめる精神力は見上げたものだ。
だがそうでもなければ、幼い頃に魔女の呪いを受けるという事件を受けて、折れずに成長することは出来なかっただろう。
むしろその逆境の中で努力することをやめなかったからこそ、今の彼が出来上がったのかもしれない。
ティナーシャは端正な男の横顔を見上げる。
視線に気づいたオスカーは、追いついてきた小柄な魔女の頭を撫でた。
「どうした? 俺と結婚する気になったか?」
「いえ、全然まったく」
「ここからずっと出られなかったら?」
「全然まったく」
「…………」

入口に戻った二人は、ティナーシャが足下の破片を払い避け、オスカーが岩をどかそうと試みることになった。
魔女は魔法着の裾を踏まないようにしゃがみこんで、水晶を一つ一つ遠くに放り投げていく。
だがその作業にきりがないことを悟ると、ティナーシャは岩に向かっている男を振り返った。
「オスカー、これはもう無理にでも何とかしましょう」
「無理にでもってなんだ」
「魔法であけます。吹き飛ぶでしょうけど、構成速度を極限まであげれば貴方は逃がせます」
「却下。お前が怪我するのは駄目だ」
「そんなことを言われましても。どちらかしか助からないって状況になるなら、私は貴方を選びますよ」
それは、個人の感情というより、単に彼が生きるべき人間であるからだ。
死ぬべき時を見失って何百年も生きている魔女などとは違う。彼は今の時代に必要な人間だ。
それをおそらくオスカー自身も弁えているはずだろう。
だがティナーシャが彼を見上げると、男は小さな溜息をつく。
「お前がそう思うのは自由だが、俺はお前を捨てていく気はないからな。というか普通に岩どかして出るぞ」
言いながらオスカーは岩と岩の隙間に王剣を差しこむ。ティナーシャはその剣の扱いに頭痛を堪えた。
「アカ―シアを何に使ってるんですか……」
「これ折れないから便利だ」
「そういう問題じゃないです」
アカ―シアの本来の用途は、魔法及び魔力の完全拒絶だ。間違っても土木作業用ではない。
だがそこでティナーシャはふっとあることを思いついた。
「そうか……。これ、いけるかもしれません」
「ん?」
「爆破しましょう」
「頭大丈夫かお前」
心外な返しにティナーシャは唇を曲げる。だがすぐに彼女は気を取り直すと、男の持つ王剣を指した。
「アカ―シアを使いましょう。この崩落を中から爆破します」

ティナーシャが考えたのは、水晶の仕掛けを逆手にとる方法だ。
彼女は拾っていた水晶の破片を、崩落した岩の隙間に投げる。そしてアカ―シアをその隙間に差しこむと自分の掌を刃に添えた。
「私の血って魔力が混ざってますから。でもアカ―シアに触れてる限り魔力は拡散して出ません」
「刃を伝って落ちれば魔力が戻るのか?」
「おそらくは。私も今、触ってると魔力が拡散しちゃいますけど、手を離せば戻りますからね」
最強の魔女と呼ばれる彼女の血に潜む魔力は、それで消えてしまうほど少ないものではないはずだ。
オスカーは納得したのか苦い顔になる。
「分かったが、すぐ後ろに下がれよ。爆破に巻きこまれたら不味い」
「そこまで大きくは爆破されないはずです」
何処まで散らばっているか分からない中に対し、一粒の破片と一滴の血では致命傷にはならないはずだ。
二人は軽く打ち合わせると岩の隙間に向き直った。小柄なティナーシャをオスカーが庇うように前に抱き込んでアカ―シアを持つ。
ティナーシャは鏡のように磨かれた両刃を見つめた。
「じゃあ、行きます」
「ああ」
魔女は天敵とも言える武器の刃に手を添える。
体を抱く腕に力が込められ、彼女はふっと微笑すると―――― 鋭い刃を左手で握った。





ちょっと出かけるだけのつもりが、なかなかの面倒事になってしまった。
それでも、洞窟で死なずに済んだだけマシだろう。
城に戻ったティナーシャは、説教をする気力もなく執務室の長椅子で横になる。
「少し寝ます……移動する時は起こしてください」
「部屋に帰って寝ろ。疲れるだろう」
「貴方を一人にする方が疲れます」
人のことを言えないとは分かっているが、彼を一人にしたら何が起こるか分からない。
たとえ二人きりで閉じこめられても結婚する気にはなれないが、彼が誰かと窮地に陥ることがあるなら、その一人は自分がいい。
ティナーシャは小さな欠伸をして目を閉じる。
「次はこういうことがないようにします。魔法を使えないなんてないように」
「使えなくてもいいさ」
「足手まといは私が厭です」
これ以上はきっと、話しても平行線だ。
守護者たる魔女は、そして束の間の眠りに落ちていく。
昔の夢は見ない。
そんな暇もない疲れ切った日は、何故か幸福によく似ていたのだ。