出生の秘密

mudan tensai genkin desu -yuki

「出産時の話を聞きたいんだけど」
そう娘が雫に言ってきたのは、一ヶ月以上かけて精読していた本がようやく読み終わった、そんな日の午後だった。
居間のテーブルに本を広げていた彼女は、顔を上げて十二歳の娘に聞き返す。
「いいけど、質問の意図は? どういう話を聞きたいの?」
まずそれを確認しておかなければ、的外れな答になりかねない。母親の聞き返しに少女は頷いた。
「肉体的な痛みとその超越について、という論文を読んだから。その関連で出産時の痛みについても気になって」
「ああ、なるほどね」
出産時の痛みは、性別が限られているせいか他の痛みとの比較がしにくい。少女もそう思って、実際に体験した母親の話を聞きに来たのだろう。雫は既に懐かしいものとなっている記憶を呼び起こす。
「そうだなぁ。あなたの時は確か……医術と魔法治療の発達の歴史について聞いてて」
「出産中に?」
「出産中に」
少女は手元のメモに何事か書き込んでいる。雫はまだ痛みについての話をしていないことを思い出すと、更に続けた。
「痛いは痛かったかな……。とにかく腰とお腹がかなり痛かった。現実逃避したいくらい」
「それまでの痛みの中で一番?」
「あー、いや、もっと痛かったこといっぱいあったよ。塔から飛び降りた時とか、剣刺さった時とか」
「それは、生命の危険がある痛みの方が強かった、ということ?」
「うーん、そう言われるとちょっと違うかな」
違和感を言語化する為に、雫はしばし考えこむ。
そうして一つの結論に達すると、ぽんと手を鳴らした。
「あー、多分系統の違いなんだよ。昔、内臓に激痛が来る呪詛をもらったことがあるけど、出産もそっち系なんだよね。こう、外傷と内臓の違いっていうか」
「ああ。分かる気がする」
「どっちが耐えられるかは人によるんじゃないかな。私は外傷系のが苦手。―――― こんな感じでいいかな?」
「ありがとう。参考になりました」
本当に参考になったのか怪しいが、少女はぺこりと頭を下げて居間の長椅子へと座りなおした。その前の床では彼女の弟が数枚の紙を広げて何事か考え込んでいる。

この家の日常は、全員が己の思考に没頭しているという静寂で、雫は子供たち二人が平常運転していることを確認すると立ち上がった。お茶を淹れる為に台所へ向かう。
しかしそこには先客である彼女の夫がいた。いつ書斎から出てきていたのか、まったく気配を感じなかった男に雫は驚いたが、彼は当然のようにお茶の入った三つのカップを盆に載せて彼女へと差し出してくる。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
「ちなみに君の出産の時には、痛覚を鈍化させる魔法薬が多少盛られていたよ」
「え!? 知らなかった……」
「あんまり痛みが酷くて混乱すると、不味いことを口走るかもしれないから。王と青月の指示で、僕も了承した」
「あー……お気遣いありがとうございます」
―――― 確かに錯乱して異世界出身だと分かるようなことを言ってしまっては大問題だ。
雫は他の人間たちの判断に納得して、だが娘に与えた情報が間違っていることに気づき、眉を寄せた。
「あ、じゃあ訂正しないと」
「そうだね。個人的には肉体的な痛みの超越に意味はないと思うけどね」
「身も蓋もないこと言わないでください」
子供たちが調べたいというのなら好きにさせればいい。そうすればいつか、本当に必要なことを彼ら自身が判断するだろう。
雫はお茶の盆を手に居間へ戻る。穏かな日はこうしていつも通り流れていくのだ。