君の骸を抱いて

mudan tensai genkin desu -yuki

城の上階にある露台からは、ルースの治める荒野が見渡せる。
少しずつ緑が広がりつつある大地は、美しいというにはまだ遠いが、彼はこの景色が好きだった。
ルースは隣に立つ黒髪の恋人に言う。
「この辺りも大分変わったな。覚えているか、シェライーデ?」
「貴方ほどではありませんが」
昼は黒豹の姿を取っているリグは、ルースと一緒に城都からこの城へと落ち伸びてきたはずなのだが、豹だったせいか記憶が曖昧なところがある。絶世と称してもおかしくない美貌が、儚い微笑を浮かべて彼を見上げた。
「でも、この荒野の変遷はよく覚えています。毎日のように見ていましたから」
「水まきを手伝ったりな」
「貴方のお役に立ちたかったんです」
さらりとそんなことを言うシェライーデは、感慨深さを声音のように隠しているようだった。
闇色の瞳が悲しみとも喜びともつかぬ感情に細められる。
ルースは女の薄い肩にショールをかけた。
「そろそろ部屋に戻ろう。風邪を引く」
もうすぐ山を越えての遠征に出発するのだ。冷えて体を壊しでもしたら困る。
そうでなくとも、彼女はそう体が強いようには見えないのだ。
見るからに華奢な体の恋人をルースは促す。だがシェライーデは首を横に振った。
「もう少し見させてください」
「構わないが……」
神職である彼女は、次の遠征が終われば祖国に帰って暮らすことになる。
そうなればこの景色も見収めになるのだろう。ルースは苦笑して彼女の髪を撫でた。
「別に、見たければいつでも戻ってくればいい。それくらいの息抜きは許されるだろう」
会いたいと思えば会える距離だ。
今が最後のように思う必要はない。そうでなければ彼自身が憂鬱になってしまう。
しかしシェライーデは、彼の言葉にふっと微笑しただけだった。彼女は白い両腕を宙に向かって広げる。
「私、ずっとこの景色を見てみたかったんです」
「シェライーデ?」
「ここから荒野を見たら、どう見えるのか、いつも想像していました」
まるで何処か遠くからそう願っていたかのように、彼女は語る。
「この城に来て、貴方と会って、隣に立ってこの土地を眺めたら、どんなにか幸せかと。―――― 私はそんなことばかりを考えていたのです」
淡い、泡沫のような囁きだ。シェライーデは彼を見上げる。
その瞳に、ひどく遠い森の景色が映って見えた。
目の錯覚かと思いルースが見直そうとすると、彼女は目を閉じる。
「触れていてください、ルース」
その声が泣いているように聞こえるのも、錯覚だろうか。
ルースは何も言わず頷くと、露台に立つ彼女が凍えてしまわないよう後ろからそっと抱いた。
女の手が彼の腕に添えられる。
「私、幸せです」
彼女のその言葉に嘘はない。
たとえ闇色の双眸の奥の悲しみに辿りつかなくても、感情は真実だ。
だからルースは彼女の望みのままに、荒野を見つめる。
月は遠い。
近づきつつある終わりは、まだ彼の手の届かぬところにあった。